信頼と不安の背中
「え? じゃああの煙は……」
「ん? あぁ、魔道具を動かしてる動力源ね。というかかまどよ。薄く膜を張り続けるためには水蒸気にまでなってて欲しいから」
「そ、そうなんだ……よかった」
あからさまにホッとするリコ。しかしエルマーナはだからこそ危険な状態だと言う。
「あれは分かりやすいのよ。自分たちを包んでるのは明らかに魔力のこもった水で、さらに明らかにそれをしていると分かる魔道具がある。大きな街全体を覆うんだから数もそれなりでガンガン火を焚いて魔術士が水を補給し続けてるんだもの。当然栗鼠人族も魔道具を狙うわ」
街を襲う小さなマケリのような栗鼠人族たちに対してまだ陥落していないのは、魔道具による防護膜のおかげだが、その術者も装置も隠せていない。
「斬撃は通らなくても打撃は通るのよ。今は凌げていても、いずれは壊されて──」
エルマーナたち数人のいるここはそうなった時に即座にシャハルのギルドに連絡を飛ばすためと、不用意な進入者を止めるため。街の実行部隊の助けは出来ない。
「なら、よ。俺たちがどうにかするしかねえってことだな」
「あら? おつかいじゃなかったの?」
エルマーナとてギルド職員。おそらくはギルド側はまだ対応を決めかねているはずで、正規任務ではないベイルたちにそれを頼むことなど出来ない。
「届け物をするのにその道中でアクシデントがあれば対処せざるをえんだろう」
ニカッと笑うベイルにエルマーナも「そうね」と答える。
「なら、連絡要員をつけるから。何かあったらすぐに教えて。えっと……誰が──」
「あたし。あたしが行く」
アイシャに抱きついたままその右手をこれでもかと真っ直ぐに挙げてマイムが立候補する。
「危険よ。まだギルド員ではないあなたに行かせるわけには──」
「アイシャちゃんも行くんだから、あたしも行く」
「それはまた別よ。大人しくここに残って──」
「エルマーナよ、危険かどうかなら嬢ちゃんのそばが1番安全かも知らねえぞ?」
「アイシャの? それはどういう──」
マイムがくっついて離れないアイシャ、の頭の上に仁王立ちする花の精霊の姿がエルマーナの目に飛び込んでくる。近ごろなにかと話題の精霊の件は遠征中のエルマーナにも都度報告があがっている。
「そう、その小さな彼女がそうなのね」
「ああ。ここまでも大変な活躍ぶりだったぜ。だから連絡要員てだけなら構わねえだろうよ。そろそろ時間も惜しい」
「ふう……分かったわ。その代わり無茶はしないで。街中は殴り合いの真っ只中よ。魔術士が入っていくには少し厳しいわ」
「了解でありますっ!」
「あなたのそんな口調なんて初めて聞いたわよ」
それほどに嬉しいのだろう。アイシャと一緒に戦闘地帯に飛び込むような冒険が。
「決まったな。いくぜっ!」
「あ、ちょっとベイル。このヤク中はどうする?」
ヤク中と呼ばれたクレールは既に水をぶっかけられて正気を取り戻したようである。
「街まではすぐそこだっ! 走ってこいっ」
再び馬にまたがったベイルたちはマイムも加えてギラヘリーへと突き進みその背中もどんどん小さくなっていく。
「たしかにベイルは萎んだって聞いてたけど、パワフルさは全く変わらないのね」
シャハルを離れたままのエルマーナの元にはルミの事だけに限らず当然他にも情報は届いている。その中にはもちろんベイルのこともあり、心配していた矢先に再会したその姿からは想像していたような悲哀は感じられなかった。
「馬2頭で女の子引き連れて、背中にはよく分かんないうさぎのぬいぐるみ。さらに連れてきたのはヤク中──」
エルマーナは小さくなって見えなくなってもその背中を見送る視線を外さずにポツリとこぼす。
「逮捕案件じゃない──」
ヤク中本人以上にヤバい同僚を見送った自分の判断が果たして正しかったのかどうか。エルマーナのそんな疑問はもう今さらでしかなかった。