ヒヒーンッ(今なら何時間でも走れそうだぜ)
「北東の門から出るぞ」
アイシャたちの前を行く黒馬“あんこ”の背に跨ったベイルは振り向きアイシャたちを誘導する。
「分かりましたっ」
手綱を握っているのはリコで、人をかき分けて走るひづめの音に負けないように声を張り上げて追走する様は実に慣れたものだ。“とうふ”も心なしか嬉しそうである。
「北東門かぁ。そういやそこだけは通ったことないや」
アイシャはこれまで狐狩りやエルフ関連、海での狩りも北門から、トカゲの洞窟やキファル平原や樹海は東門から出入りしている。街の南部の山沿いに近い聖堂から少し北にあるアイシャの家からみて1番遠い北東門はこれまで使う事がなかった。
見慣れた街並みを過ぎて数えるほどしか来たことのない道を駆けていきやがて門が見えてくる。
「ギラヘリーの街もそうですけど子どものうちは基本的に街の外へ出ることはほとんどありませんからね。この街は魔族領から少し距離がありますから、それでもまだ外への出入りは厳しくない方ですよ」
シャハルの街もその背後の山を越えれば魔族領はすぐそこではあるが、聳え立つその標高を越えて来たとして侵入感知の魔道具により気付かれ待ち構えられては奇襲にもならず、よほどのことでも無ければいち部族単位で侵攻をかけたりはしてこないだろう。
それゆえに平地で魔族領と接しているようなギラヘリーあたりよりはずっと平和なのだ。
門を出れば地面のならされた街道をひた走る。魔除けの魔道具が両脇に等間隔に並ぶ少しの距離は魔物との遭遇も少ないが、そこを過ぎれば出会いもするはずだ。なのでここでもアイシャのアレが役に立つ。
「アイシャちゃん、ベイルさんの背中にくくりつけたうさぎさんは一体……」
「あんなファンシーなのを背負ったモヒカンのおっさんになんて魔物も寄り付かないだろうから」
“呪い人形カーズくん”はその効果をいかんなく発揮して街道の安全区域を過ぎても魔物は現れない。今回ベイルに背負わせたのは、先頭を行く役割であるのと同時に戦力として乏しいベイルを守るためでもある。
「確かにきもちわ──いえ、効果はありそうですね」
リコも組み合わせとして違和感を感じているが、すんでのところで言葉を選ぶことに成功した。
「気持ち悪いよねー」
そんな気配りはアイシャが粉微塵に粉砕してしまう。
「嬢ちゃんっ! 少し休むか」
「そうだね。馬もお疲れだろうし、私のお尻もそろそろ4つに割れそうだよ」
「わ、割れるの⁉︎」
「そんなわけねえだろう……」
乗っている方も体力を使う。実のところ筋力を落としてしまったベイルにはなかなかの疲労が溜まっていて、少女たちや馬への気遣いより自身の身体がついていけるか不安である。
「この少し先に洞窟があってな。魔術で報せが届いているはずだからそこで働いている奴が俺たちの到着を待っているはずだ。それを拾って──15時にはたどり着けるはずだ」
地図をなぞりながら説明するベイルに、「もうこんなに」と驚くリコ。ギルドが用意した駿馬2頭は伊達ではない。
「だがそれまでに馬が潰れねえか心配──」
ベイルがその様子を見るのに視線をやると、さっきまでぐったりしていた“とうふ”と“あんこ”がいまはシャキッと立って、心なしか目が妖しい色を帯びている。そんな馬たちに餌を与えている花の精霊。
「ん? あー、これはね“ハナトリカブト”から抽出した薬効を混ぜた奴なんだよー。とっても良く効くんだよぉ」
ふふん、と自慢げに説明するルミ。
「おいおい、なんかヤベェの入ってんじゃねえだろうな?」
目をギラギラさせた馬たちに若干引いてしまうベイル。
「んんん? 大丈夫だよ。そんな副作用なんて残すわけないじゃないの。それに何にもないでしょ?」
ルミはベイルの危惧するところに気づいて安心させようと3人が口にしていたお茶のカップを指差す。
「元気いっぱい。このあとも頑張れそうだよねっ」
3人はお互いに顔を見合わせギラついたその目を確認するとそっと目を逸らし「さあ、行くとするか」というベイルの呟きで出発することにした。