いざ旅立たん
「ああ、ベイルさん。なんでもこの子たちとで向かうんだとか」
厩舎を訪れたベイルとアイシャ、それにリコはその白い馬と黒い馬に引き合わされた。
「まあな。でもこれは局長のおつかいだ。仕事じゃねえ」
「らしいですね。なんでもクビになったとか」
「そうらしい、その途端に宅配のアルバイトだ。いや、しかも無給ときたもんだからボランティアだな」
アイシャとベイルはここにくるまでにリコにもきちんと話して安心させてある。
リコはなにも街を救ってくれと言っていたわけではない。街に連れて行ってとお願いしていたのがとりあえずは叶いそうなのだ。
「そのためにベイルさんが──」
「そんなのもちゃんと考えてあると思うよ。だからリコちゃんは何も気にしなくていいよ」
その筋肉を失ったベイルの処遇についてはどのみち何かしらの通達がされたはずで、本人もこれが最後の仕事ならアイシャに借りをいくらかは返せるかも知れないと、むしろ晴れやかな心持ちである。
「じゃあちょっと待っててください。すぐに馬車につなぎますので」
係の人が馬を連れて奥へと向かうのを見送るアイシャたちだが
「ねえ、ベイルさんは馬に乗れるの?」
「まあ必須技能ではあるからな」
「リコちゃんも?」
「ええ、わたくしも家の方針で子供の頃から」
「まあ御者は俺がするから嬢ちゃんたちは──」
「ううん。やっぱり馬だけの方が速いよね?それならわざわざ馬車でなくっても」
急ぐ旅のはずである。荷は少ない方がいいしなんならない方がいい。
「そりゃそうだが途中で拾っていくためにも荷台は必要だ」
「出会った時でいいってことねっ! おーい、おじさーん」
現状で馬という普通の手段を用いて急ぐアイシャがとる方法はもちろん荷台をまるごと収納してしまうことだ。
「嬢ちゃんのアイテムボックスはでけえって聞いてたが……」
いつもベッドがすっぽりはまり、今目の前で馬車の荷台がスポンとはまったのだが、ベイルを飲み込んだウミウシの魔物まで丸ごと入っているとは知らない。
「これで身軽よね。ベイルさんが黒い子でリコちゃんと私が白い方ねっ!」
そうと決まれば話は早い。あとは馬を走らせるだけだ。
「本当はサヤちゃんたちも誘えれたら良かったんだけど……」
「無茶を言うな。嬢ちゃんでさえ本来ならここに置いていくべきなんだ。それでも同行してもらうのはその娘のためと、精霊をあてにしているに過ぎないんだ。まだ義務教育中の子どもを連れてはいけん」
「ん。そうだね……じゃあ、はいよーっ、“シルバー”っ!」
「おおうっ、いけっ“ドゥンケルハイト”っ!」
白馬の手綱を握るのはリコなのに掛け声はアイシャで名前は知らないからとノリで勝手に決めている。つられてベイルも口にしたものの、やはり知らないのでテキトーである。だがそんな2人は至って真面目で、その表情は厳しく鋭い眼光がキラリと煌めく。
「ベイルさん、この子たちは“とうふ”と“あんこ”で呼ばないと反応しないですよ」
可愛がられて飼育されてきた馬たちにも名前はある。なので2人のそんな気合いは馬に無視されて空回りしてしまう。
「はいよーっ、とうふっ」
「いけっ、あんこっ」
締まらない名前だとかは言わない。これから戦場に向かう2人の気迫に満ちた表情は変わらない。そんな頼もしい2人と2頭の馬を得て、リコは無事にギラヘリーの街へと向かうことが出来たのだ。