悲しみのリコ
アイシャたちの聖堂教育がそろそろ夏休みに入るかという頃にギルドへと一通の手紙が届く。それは紙飛行機の形に折られた手紙で、魔術士たちの重ねがけの時間差発動する風の魔術により、推進力を維持したままに遠くに報せる急報である。
そしてそれはギルド宛てとは別にもう一通、現在シャハルの街にて保護されている少女の元にも届けられた。
「わたくしを“ギラヘリーの街”に送ってくださいっ」
アイシャがまたもプールサイドでの出店の許可を貰いに魔術士ギルドに顔を出したところで聞こえてきたのはギルドの総合受付に詰め寄るリコの声だ。
「ですから今は非常事態として我々も動きを制限されてまして、いくらギラヘリーの街長の血縁でもそればかりは──」
「送ってくださらないと、わたくしはっ、わたくしは──」
何やらただならぬ様子のリコに、アイシャは近くの職員に事情を聞く。
「実はね、魔族領で追われた栗鼠人族がまだ復興中のギラヘリーの街を襲ったらしくて、ね」
それだけ聞ければ充分だ。アイシャはリコに忍び寄り、背後からその胸を思いっきり揉みしだいた。
「ひ、ひゃああんっ⁉︎ 痴漢っ……アイシャちゃんっ?」
「まあまあ、リコちゃんの話はこっちで聞きますよーって」
アイシャにそんな権限などないはずなのに、リコの手を取ったアイシャは冒険者ギルドのカウンター横から中へとずかずか入っていく。
「応接室借りますね〜」
そんな我が物顔のアイシャを止めるものは誰もおらず、返事を聞くこともなく2人で入って鍵を掛けた。
閉じられた扉にはカランっと“使用中”のプレートが揺れている。
「──あの頃でも壊滅状態だったのに、その上でまた魔族の襲撃など受けては、もう……」
その情報は朝一番に届けられたらしく、よほど慌てて来たのだろう、リコの服装はいつものシャンとしたいでたちではなく、シャツのボタンでさえ掛け間違えている。
「それでギルドに来たけど、ギルドは動いてくれない、と」
掛け違えたボタンを直してあげながら事情を聞き出すアイシャにリコは少し気恥ずかしさを感じつつも落ち着きを取り戻した。
「すでに対応している魔術士ギルドの人たちの定時連絡で対応を検討しているとかで。わたくしの護衛たちは街の復興のために先に戻していますし……」
「リコちゃんは今すぐにでも行きたいんだよ、ね」
コクっと頷くリコの眼差しは真剣そのものだ。
「でもママ。魔術士ギルドの人たちで対処しきれてないのに、そんなにすぐに動くとは思えないんだよね」
「そう、そうなんだよね。きっと正面から行っても無理なんだよ。そりゃ明日とか明後日とかなら動きはあると思うけど──」
「そんなっ! 明日まで……ギラヘリーに明日があるかも分からないのにっ!」
まだ決定的な情報は入ってないのにまたしてもリコは焦り、既にこの世の終わりのような顔をしている。
「落ち着いて、リコちゃん。そのために私はここに連れて来たのよ。待っててね……んっ、うんっ……『わ、わしらの明日がぁ……』」
「──嬢ちゃんが来たってのは本当か?」
アイシャの小芝居のタイミングで外から鍵を開けて入ってきたベイルに驚き飛び上がるリコ。
「ほら、ね?」
種もみがなくても来るんだ、と感心するアイシャ。しかしアイシャ含め誰にも何のことやらさっぱりである。
「──なるほど、それでここに」
「そう、それでここに来たのよ」
アイシャが椅子をすすめてベイルが座りルミがお茶を出すというあべこべだが誰も突っ込まない。ここにはアホの親子とモヒカン、悲壮なリコしかいない。
「頼ってくれたのは有り難えが俺たちゃギルドの方針に従うしかねえ。だから今すぐギルドとしてどうこうは期待しねえでくれ」
「そ、そんなぁ……」
微かな期待さえも打ち砕かれて落ち込むリコ。
「でもさ、そんな分かりきったことを言うためだけに来た訳じゃないんでしょ?」
ギルドのどこでも同じ返事なのだ。ベイルがわざわざそれを繰り返しにここにお茶をしに来たとは思えない。
「ま、その通りだ。どうにかなるといいんだがな」
ドアの外に視線を投げてニカっと笑うベイルは決して無辜の民から明日を奪う悪人ではないことだろう。