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善意とお金

「何見てるのママ」


 部屋の中でアイシャはギルドカードに記載された数字を見ている。


「水泳講習の功績──だって」


 ギルドカードにはスキルポイントが貯められて、通貨とは別ではあるがそれで買い物も出来たりする。資産的価値のあるものであれば魔物でなくとも捧げることでスキルポイントに変換できて、それは通貨も同様である(5話。通貨は補足)


「ふぅん。なんだか沢山入ったんだねえ」


 ルミにお金のことは分からない。スキルポイントならなおさら分からないのだが、それでも沢山であることだけは分かる。


「永続的に講習代金の一部を振り込むとか言われたけど流石に断ったよ」

「なんで? そんなのもう働く必要もないじゃない?」


 それはいつかアイシャが妄想した理想でもあったかもしれない。


「不労所得には憧れるけど、その代わりの責務がどうとか言われてそっこー断った」

「なーる」


 作った講習システムに不具合があれば駆り出されるし、救命講習なんてのもやらされる。事故が起これば呼び出されて責任追求なんてのもあるかも知れない。


「だからよりよい講習にするためにそのお金は使ってくださいって言って断ったのよ」

「ママらしいね」

「うん。そしたら感動されて振込額が増えた」

「気持ちって伝わらないものよね〜」

「ね〜」


 他愛のない会話だがルミには分からないその金額はクレール父の豪邸レベルの家が買えるくらいのものでアイシャは割と真剣に困っている。




「え? 講習システムの対価の返金?」

「そう。あんなの子どもが持つ金額じゃないよ」


 そういう相談なら一緒に講習会システムを立ち上げたマケリにすればどうにかしてくれるだろう。


「ダメよ。それは局長の決定だからねぇ。いくつかの稟議を通して決定されてるそれを私たちで覆すことも出来ないし、なにより局長が許さないわよ」


 そうでなかったら私に寄付して欲しいくらいだわとマケリには断られてしまった。


「あん? そんなもん嬢ちゃんの功績に対してなら当然のことだろ。毎年海で何人も死んでんだ。これでいくらかはマシになろうってのに、いくつもの命を救う可能性に支払われる金額としてはむしろ少ないくらいだ」


 俺からも支払いてえくらいだが、受け取ってはくれんのだろうな、とベイルにも否定される。


「あー、ごめんねえ。エルマーナさんは今遠征中だからここでそういう判断はつけらんないわ」


 それならとプールを管理している魔術士ギルドに掛け合ってみたもののエルマーナ不在を理由に断られる。




「ママも諦めようよ。別にある分には困らないんだし」

「まあ、そうなんだけどね……」


 屋台をすれば薄利でも利益を出して、武器屋も同じで相場を崩したとはいえ利益はアイシャなりに計算されていたが、それはサヤたちと食べたり遊んだりする程度が賄えればいい程度の金額でしかない。


 喫茶で大金を得てしまったのはグッズに関してのベイルとマケリによる適正な値段設定のためだが、そうして喫茶の赤字を補填して余りある金額を手にしても、それを手元に置いておけないからと酒場で還元したりするくらいの小市民がアイシャなのだ。


「別にお金儲けを考えたわけじゃないからなぁ」


 海の底でどうにも出来ず、精霊のチカラを借りた(事になっている)とはいえアイシャに助けられたベイルが講習会の発起人であり、アイシャに頭を下げてお願いしてきたから快く引き受けただけのボランティアのつもりだった。


「ベイルさん──『冒険者ギルドの今のポジションを外された後も、もしかしたら講習会でみんなの役に立てるかもな』って良い笑顔だったもんね」

「そう、そうなんだよ。私はそれだけでよかったからさ」


 ギルドのそれぞれの部署にはトップがいてベイルもマケリもその直下にいる現場のリーダーという立場にある。その業務には当然のように戦闘も含まれていて、サイズダウンしたベイルはこの先もその立場であることは不可能だと決めている。


 いずれ正式に辞令が出ればその時に役を降りる事になるだろうが、並以下の半端者の彼には末端の戦闘員も出来ず、かといってどう見ても脳筋な彼に事務仕事も無理となるといよいよ全く別の業種に行かざるを得ないだろう。


 そんなベイルが冒険者ギルドで活躍する場として夏だけでもと水泳講習を立ち上げたという側面もある。


 街のみんなの役に立ちたい、居場所を確保したい。その根本に己の肉体を失った悲しみと海での無力さの実感が見えたからこそアイシャは快諾したのであって金儲けがしたかったわけではない。


 2人はトボトボとギルドを出て街を歩く。


「必要最低限──いい言葉よね。あるに越したことはないのに必要な最低限だって」

「それはそうせざるを得ないからじゃぁ」


 きっとその言葉はアイシャの想いを正確には表してはいないだろう。


「そうなの? でもまあ私にとってお金ってありすぎるとなんだか怖くて」


 身を持ち崩しそうだからと言うアイシャだが


(ずっとお昼寝して生きていたいとか言ってるのが1番堕落してるのに)


 ルミは口をついて出そうな言葉をそっと飲み込んだ。


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