表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

279/608

おはよう、おやすみ

「おらあっ! さっさと寝ないかっ」


 アイシャが目を覚ました時にはすでに空には星が瞬いており、痩せた悲しいベイルが元気よく子どもらに就寝を促しているところであった。


「アイシャちゃん、おはよう──ってもうみんな寝る時間なんだけどね」


 見ればあちこちにテントが張られていて、男子と女子が分かれて押し込まれている。


「どのくらい、寝てたのかな」

「んー、5時間くらい?」

「それはまた──」


 アイシャが砂浜に帰り着いた頃はまだ夕日でもなかったが昼前から始まった陸での魚介狩りから考えて恐らくは4時くらいだったのだろうか。


「ずっと、そばに居てくれてたの?」

「うん。あ、でもごめんね? ご飯は食べちゃった」

「いや、それはいいけど──ありがとうね」


 波のざわめきは静かで昼間の喧騒が嘘のようだ。


「お、嬢ちゃんは今おはようか」

「世紀末モヒカンもしぼんじゃって残念ね」


 騒ぐ子どもたちをどうにかテントに押しやったベイルがアイシャの起きているのを確認してやってきた。


「──っていうほど残念そうでもない?」

「いや、そりゃあ俺の自慢の肉体というかそれしか取り柄がないんだからよ。残念どころじゃねえが今は仕事だな。いつまでもしょげてる訳にもいかねえし──何よりこれが最後の仕事になるかも知らねえんだ」


 それは半端者でありながら自己研鑽によりどうにか食らいついてきた立場を維持出来なくなるという事だろう。


「私があの髭を説得するよ」

「それをすると局長も後がこえぇから頷くんだろうが、そうはいかねえ。それに、どのみち……やり遂げられねえだろうさ」


 今のベイルはバラダーほどに萎んでしまっている。バラダーはこの世界の人間らしくギルドカードと繋がっていてその恩恵を受けているからこそそれで良いが、半端者のベイルはそれだと並以下の存在である。とても戦闘職はおろかそれを束ねる立場も務まらないと覚悟している。


「嬢ちゃんには命を助けられたんだ。それだけでも──」


 そのあとは言葉にならなかった。感謝はしている。それがたとえ精霊のチカラありきとはいっても、事実として感謝しておりその気持ちに嘘はない。なのに、失ったものを思い言葉を繋げることが出来ずに背中を向けてしばらく黙ったのち「ありがとう」とだけ告げて仕事に戻っていった。




「ベイルのこと、悪く思わないでね」

「マケリさん」


 そんなやり取りを見ていたマケリが心配して声を掛けにきた。本人はルミとの裏取引でホクホクなので今回は大成功なのだが、さすがに同僚のあんな姿を見てそれを全面に出すほどに迂闊ではない。


「心中察するってやつだね。悪くなんて思わないよ。それにしてもマケリさんは嬉しそうだけど、良いことでもあったの?」

「ん? そんな事はないわよ?」


 表情に沈痛さなどなく、どうしても表に出てしまうマケリは迂闊だったらしい。


「ドロフォノスも走ってったきり帰ってこないし」

「え? ドロフォノスさんも無事だったんですか?」


 サヤはアイシャの無事だけを確かめてアイシャが流された理由のドロフォノスのことはすっかり忘れていた。


「サヤちゃんを助けたハクビシンよ。真っ黒であんな速さで動けるのは彼くらいじゃない」


 近くで見た者はハクビシンの着ぐるみに呆気に取られたが、他の面々からすれば高速移動する黒い奴はドロフォノスでしかなく、いつものように陰に隠れてしまったのだと解釈している。


「まあ、きっと明日辺りには出てくるんじゃないかな?」


 アイシャはミドリならきっと自分の家まで替えの黒装束に着替えに帰って翌朝には帰って来ると踏んでいる。


「そうね。だから2人も……早く休みなさい。見張りは職員で回していくから」

「「はーい」」




 それでも2人はその場から動く事なく空を眺めていたが、それを咎める者もいない。


 やがて口を開いたのはサヤだ。


「もう、あんな無茶しないでね」

「うん」

「もうひとりで消えてかないでね」

「うん」

「もう……ひとりにしないでね」

「うん、ごめんね」


 きっとアイシャは同じ状況に出くわせばまた飛び込んでいくのだろう。サヤもそうは分かっていても言わずにはいられなかった。


「あのね、アイシャちゃん。私──」


 分かっているからこそ、それ以上にしつこくは言わない。自分の言葉が自由なこの幼馴染を縛るような事になるのは嫌だから。だからネガティブな話はやめて楽しい話を続けたあとに仲良く眠りに落ちた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] サヤさん、とても心配しましたね。苦労が絶えないかも。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ