そのサイズでうれションだけはやめてね。
「ブオオッ」
今度は勢いよく飛び掛かって振るわれた前脚による叩きつけだ。アイシャもこれはかわすしかなく、横にステップで移動してからの脇腹へ決めた足刀蹴りは鈍い音を立てて足首をポッキリと折ってしまう。
「くあぁっ! さ、捧げるぅっ」
なんとも締まらない声だがすぐさま治さなければタロウくんの追撃もある。治った足首で踏ん張って跳び上がるアイシャ。
タロウくんがぐるっと見回した時にはアイシャは地上にいない。
「“鬼の慟哭”は炎を宿すっ! くらえっ、バーストスタンピングっ!」
すでに背中に立っていたアイシャは大きく脚をあげてからの本気の踏みつけをタロウくんの背中に打ち込む。
トカゲと同じスタイルの四つん這いなタロウくんのお腹が地面に打ちつけられてアイシャの足とのサンドイッチになる。
「オーノーッ!」
そんなタロウくんに攻撃を仕掛けたアイシャはまたも悶絶している。見れば踏みつけた脚がグニャグニャに砕けているではないか。
「あれはいったいどうなってるの?」
「うーん、全然分かんないわ」
花の精霊ルミにもそんなことは分からない。今日までタロウくんの戦闘など見たこともないのだ。
「あっあぁーっ! くっそぉ。もう分かったわよ、あんたその全身で衝撃を貫通させれるでしょうっ」
攻防一体。何もタロウくんは攻撃されてばかりでは無かった。タロウくんは自身がダメージを受けた箇所に対して瞬時に魔力波を打ち込んでいるのだ。その身体が触れているものに対して物理的な動きなくダメージを与えられる。
「ああっ! とんでもないやつねっ!」
脚に感じた違和感にアイシャは片脚を離して残った軸脚だけで宙に舞う。その時にはすでに軸脚も砕けているが、分かっていれば即座に半魚人肉を捧げて回復する。
「ねえ、ルミちゃん。アイシャちゃんはなんで回復してるの? 砕けてたんじゃ……?」
「ん、んーと。我慢?」
「鋼より硬い精神ね」
そんなわけは無いと分かっているが、こうして誤魔化そうとするのは秘密にしておきたいことだからだ。そしてその秘密にはデカ狐が出張ってくる。ミドリは記憶を消されるのはごめんだ。
「せっかく仲良くなれたんだもの……」
「もうっ、怒ったからねっ!」
別にタロウくんに怒ってはいない。むしろ打開策を持たない自分に対してのことかもしれない。そんなアイシャはタロウくんの鼻先に降り立って渾身の右ストレートを叩き込む。
「ブオオ」
「あーーーっ!」
痛みに怯むタロウくん。腕が肩まで砕けたアイシャの叫び。しかしアイシャは今度は左のフックを思いっきり打ち込む。
「っーーー!」
声にならない叫び。右のカカト落としを決めて膝が逆に曲がったところで半魚人をギルドカードに捧げることでその魔力の一部を身体に取り込んで回復する。一体では足らず二体だ。
「あんたがっ! 冷めるまでこれで繰り返せるわよっ!」
打開策のないアイシャのゴリ押し。それは何度も何度も訪れる激痛を分かっていて自分から貰いに行く苦行。広いドームにタロウくんの顔面を打ち付ける音とアイシャの悲鳴だけが響く。
「や、やめさせなきゃ。こんなの、こんなのって」
「ママを止めてミドリちゃんが倒すの? 無理よ、何が起こってるのかすら分からない私たちには」
「ルミちゃん、でも……っ!」
「分からないの⁉︎ 私たちは心を鬼にして見届けるしか、ないのよ」
唇を噛んでカッコいい事を言う元凶。魔道具で遊んで海底の起こさなくていい怪獣たちを、ウミウシの魔物をけしかけてしまったのも、タロウくんを暴走させて収拾をつける事も出来なかったのもこの花の精霊である。
どれほどの回数攻撃して泣いて回復させたか。決して反射させるわけではないタロウくんはアイシャにダメージを与えはするものの、自身もきっちりとダメージを蓄積している。治せるアイシャと違いそれはやがてタロウくんの戦意を喪失させるまでに至った。
「──まだ、あるけど続ける?」
目に理性の光が戻ったことを確認して問いかけるアイシャ。タロウくんから舌でペロッと舐められてやっと終わりが来たのだと確信する。装備をといたアイシャはタロウくんの鼻に寄りかかり
「はあ、何度死ぬかと思ったか……魚肉ストックもきれかけてたし、危ない遊びだわ」
遊びとアイシャが言ったのは、結局のところタロウくんは元の姿で運動したことにより興奮しただけであったのだ。飼っているペットがはっちゃけて治まらないときは飽きるまで飼い主が遊んでやればいい。
「なに? タロウくんも食べる?」
言ってアイシャは半魚人肉をタロウくんが開いた口に放り込んでやる。
「そういえば初めて会った時もお魚だったよね」
あの時とは魚の質が違いはするが、嬉しそうに食べるタロウくんを見ているとあの時と変わらない穏やかな時間がここにあることを知り、アイシャはタロウくんと久しぶりのお魚パーティをして過ごした。