青いモヒカンは蚊帳の外
「お魚天国ねっ」
(え……二足歩行の魚を食糧に見てるの⁉︎)
ウッキウキで仕留めた魚人たちをストレージに収めていくアイシャに、律儀に自分の分だけはとスキルポイントに変換したミドリは驚きを隠せない。
(アイシャちゃんの用意した食事に魚が出てきたらしばらくは食べないでおこう)
ズズン……
「んん? 地震、かな? なんにせよこの広場から先に行けるか、だよね」
「アイシャちゃんはもしかして方角が分かったりする?」
海の底でミドリも無茶な事を言っている自覚はあるが、このアホの子ならもしかしたらと期待する。
「さすがにそれは分からないかな。でもたぶんルミちゃんの場所は分かるんだよ。眷属だからねえ」
「ちょ、眷属ってなに。どっちがどっちの──」
「集中しないと分からないんだけどね。むむむ……」
「ちょ、どっちがどっちで?」
2人は友だち程度に聞いていた話がまたも局長報告案件なのかとミドリは食い下がるがアイシャには届かない。
「むむ……あれ? どういう事だろ。この上?」
再度の地震。今度のはさっきより大きく響いて広場の少し離れたところに大量の砂が落ちてきたのが見えた。その中には青い塊と灰色の塊が鎮座しているようにも見える。
「なに、あれ。あれってまさか」
「んん? 砂と何? もしかして──ルミちゃん?」
アイシャには状況が今ひとつ分からないでいる。
何故天井が抜けたのか。よくよく見ればゼリー漬けになっているベイルは何故そうなったのか。何故タロウくんが元の姿なのか。
「いてて……あれ?ママ?」
「ルミちゃん。これは一体……この子は?」
「ママ! タロウくんは外にいるわっ! 今はこのレッサーアースドラゴンが暴れてっ──きゃっ⁉︎」
ブウンっと首を振ってルミを飛ばしたタロウくん。
「なるほど、その子を躾けたらいいのね」
ルミの言葉からこの子がタロウくんだとは知られずにやり過ごしたことが窺える。そしてルミを振り飛ばしたタロウくんの目が正気のそれではないことも。
「ママっ! 私は大丈夫っ。今はその子に“すずらんは効果”がないの。落ち着きを取り戻さないとっ!」
「“アーリン”、“鬼の慟哭”」
アイシャの推測は当たっていて何故かタロウくんは普通ではないと。元に戻すためにはこの荒れ狂う様子のタロウくんを鎮めなければならない、と。
「アイシャちゃん、私も──」
「ミドリちゃん、ごめんだけどここは私に任せて」
足手まといだから、とは言わない。けれどミドリも役に立てるとは思っていない。
(こんな大きなレッサーアースドラゴンなんて聞いたことがない。アイシャちゃんはこんなのにも勝てるの……?)
いつかの剣神のデモンストレーションと同じスタイルのアイシャ。これが現状での最大強化。
「まいったね、前は蹴り上げただけで脚が折れたっていうのに」
構えてみても倒せる気がしないアイシャ。
「ま、倒さなくってもいいんだよね」
それでも、出来るかは分からない。タロウくんの目がアイシャをしっかりと捉えており、吐く息は熱く滾る炎のように可視化して立ち昇る。
「濃すぎる魔力が具現化してるのね」
下がったミドリはそういう事象があるとは聞いていたけど、と言葉を詰まらせている。
小さなアイシャと巨大なレッサーアースドラゴンが向き合う広場でミドリはただ見ていることしか出来ない。
勢いよく飛び出したのはタロウくんだ。その加速はゼロから100へと爆発してアイシャに鼻先でぶつかる。もちろんそんなのをまともに受ける気はアイシャにはない。幾度となくクレールに決めた巴投げがタロウくんを逆さに回転させて地面に叩きつける。
「さっすがママっ!」
「はわわわ……」
ミドリは心の中でアイシャが潰れたかと思ったが現実はもっと衝撃的だった。小さな女の子であるアイシャが巨大な地龍の子どもをひっくり返したのだ。その質量のほどは足元を揺らす振動と轟音だけでも相当なものだとわかる。
「どんな獣だって鼻先ってのは急所なんだよねっ」
アイシャもこの機を逃しはしない。ダダっと駆けてから放つミドルキックがタロウくんの鼻先を捉えてダメージを与える。
「ブオオオッ」
「いったあああっ」
慌てて起き上がり後ずさるタロウくんと叫び声をあげたアイシャ。
「えっ? 何があったの⁉︎」
「レッサーアースドラゴンを蹴った脚が……砕けたわね、あれ」
想像してしまったのか顔をしかめるルミにミドリもその痛さを頭に浮かべてしまう。
「いっつぅ〜!」
アイシャは今度食べようと思ってとっておいた魚人肉を取り出して捧げることで脚の負傷を治した。このあたりは実に慣れたものである。
「なんっで……装備は壊れてないのにっ」
アイシャのアミュレットの装着状態。その脚につけたグリーブは決して割れたり砕けたりもしていない。なのに中の脚は砕けたのだ。痛みの残る気がする脚を確かめながら構えたアイシャとタロウくんは改めて激突した。