守られた約束
「剣闘士?」
「うん。どんなのかなーって」
お昼寝館で負かしたクレールはアイシャに何か言おうとしていたけど、サヤを待たせるわけにはいかないとやってきた食堂でアイシャはサヤに聞いている。
アイシャの頭の中にあるのはかつての自分である、前世の男子高校生。それがもはや自分であったのかも怪しいほどに自覚としてはもう無く、それでも記憶にあった男子は学校の中で強者と呼ばれるものであった。その男子よりも、やはりこの世界の男子のほうが強そうに見えた。
それはギルドカードをはじめとするあの世界には無かったシステムゆえか、あるいは街の外に出れば当たり前にあるという身の危険ゆえか。戦いたくない、寝て過ごす人生を求めるアイシャとしても、少し気になる。そんな疑問で問いかけ。
「それってクレール先輩のこと?」
「まあ、そうだね。ちょっと気になって」
今まさに口に運ぼうとしていたサヤのスプーンからエビが転げ落ちてスープの中にポチャンと帰っていった。パクチーが香る独特の美味しさが売りのエスニックなスープにはサヤの絶望にも似た表情が映し出されている。
「やっぱりアイシャちゃんはクレール先輩が……」
「ああ、違うよ。先輩は出ていくけどなんであの学年最強だったのかなって」
見た目にもわかるほど動揺していたサヤは一旦落ち着きを取り戻す。
「剣闘士はグラディエーターって言ってね。その適性が認められたら基本的に戦闘能力の伸びが凄いんだ。クレール先輩も確か力と体力はAになってたはずだよ」
ギルドカードのステータスの話が出て、未だにオールEの自分のステータスを思い出し少し憂鬱になったアイシャ。だからこそ、改めてステータスというものの重要さを感じもする。
「あとはやっぱりグラディウスかな」
「グラディウス?」
「そ。私たち剣士の使うブロードソードとかと違って、少し短めで分厚い剣。それをあの力で使うわけだから、鉄だって真っ二つにしちゃうの。もしそうでない剣とか木刀とか持ってきたなら、もしかしたらそれは手加減されてるのかもね」
「そっか、あんな事言ってたのにあいつ……(なんだかんだ女の子だって気を遣っていたのかな。おかげで難なく勝てたということか)」
「アイシャちゃん? やっぱり……」
「いや、そんなことはないよ?」
「じゃあ今日はお泊まり会しようね! 今度は私のおうちで」
幼馴染の機嫌をこれ以上損ねたくないアイシャは大人しく頷いた。それからのサヤはそれはもうご機嫌で、スープの海に帰ったエビでさえ歓喜して飛び上がりサヤの口の中に吸い込まれていくほどであった。
午後になってお昼寝館に戻ってきたアイシャは、最悪の想定としてクレールがまだここにいる可能性を危惧していたが、そういう粘着質ではないみたいだった。あのおかしな恋の仕方をした乱暴狼藉者は、きちんと約束を全部守ってさっさと帰ってしまったみたいだ。
「まあおかげてお昼寝も気兼ねなくできるというもの」
ここで感傷に浸ったりなどすることがないのがアイシャだ。そもそもクレールに対して女の子の何かが反応することはない。パジャマに着替えアイシャがベッドで目を閉じると眠りにつくのはあっという間であった。
「またお泊まり会らしいじゃないか」
「今回はまた早いお帰りなんだね」
謎の声はわりと最近聞いたばかりである。なんとなくお帰りだと口にしたアイシャは、何故かと疑問に思うが相手はちゃんと分かっている。
「前はそっちが勝手に去っていったし。それにお守り使ってないでしょ」
「あ。なんだっけその……」
そう、前回のお話は中途半端に終わっていたわけだが、知力Eのアホの子はすでに忘れている。
「“ディルア”と“アーリン”」
「そう、それ」
「まあ、ちょうどいいからお泊まり会で試すといいよ」
「なにそれ。何がちょうどいいの?」
「ちょうどいいはちょうどいいだよ。例のパジャマに着替えてからふたりっきりの時にするのがいいよ。じゃあね」
今回は挨拶ありで終わったが相手は結局お守りっていうのをアイシャに使わせたいだけのようである。言われた通りに使うまではまたやってくるのかと思うと少々面倒に思えて、
(仕方ない。とりあえず使ってみるか)
と決めてアイシャはふたたび夢の中へと旅立った。
素敵な合言葉、“アーリン”
アミュレットはアイシャのお守りそのものです。