タロウくんの本領
「いっけええっ!」
「ブオオオオオオオ」
タロウくん地龍の子どもバージョンの体当たりがウミウシの魔物に炸裂する。魔力がふんだんに乗った衝撃は、外よりも内にその波紋を広げて魔物の巨体を揺らし、それに合わせて中のベイルも激しくシェイクされる。必死にしがみつくサヤとマケリも投げ出されないように耐えている。
魔物は声を上げない。マケリたちを襲った触手も子どもたちを通せんぼした触手もその全てをタロウくんに絡み付かせて抑え込みにかかる。
「ブオオオッ」
だが人間族が必死になってどうにも出来なかった触手はタロウくんの身じろぎひとつで音を立てて千切れていく。
「なな、なんてことなのっ! こんなのを2人は召喚したって言うのっ⁉︎」
「いやー、私も何がなんだか……」
サヤはする事だけを聞かされていたが、まさかこんなとんでもないものが出てくるとは聞かされてなかった。
「パンチよっ! ここで右ストレートよっ」
ルミの指示にタロウくんの目が光る。
「まさか、そんなことまで⁉︎」
マケリは大袈裟に驚くがサヤは何のことか分からない。
ブウンっと鋭い音で空を切り裂くパンチが繰り出される。しかし四つ足で立つタロウくんの前脚は届かないっ!
「くうぅ、やるわねこいつもっ! けど脚のないあんたには出来ない事もうちの子には出来ちゃうんだからっ」
マケリは「さすがに届かないよね」と安心したが掴んだタロウくんの頭が急にその位置を高くしていくのが分かりサヤと共に悲鳴をあげる。
「みたかっ! 二足歩行も出来ちゃうんだからっ。さあジャブ! ジャブ! アッパーよっ」
さっきとは違う。今度はちゃんと突き出した前脚でウミウシの魔物の顔面を右、左と殴りつけてアッパーは蹴り上げるような格好だがしっかりとダウンを取った。ベイルも上下左右にぐるぐる回されてなお溺れ続けている。
「ちょっ、凄いのはわかるけど私たちも吹っ飛びそうよっ!」
マケリがルミに訴えてサヤはしがみつく腕が限界近い。
「安心して。これでもう終わりよ」
「そう、なんだ。じゃあ下に降ろして──」
「最後の一撃っ! アースクラッシュ!」
「もーっ、やだーっ!」
ダウンして潰れたプリンみたいになっているウミウシの魔物に対してこれでもかと背筋を伸ばして振り上げた両脚を上から叩きつける。
外傷としてはそれほどでもないが、体内へと直接に伝えた魔力の波動がウミウシの命を踏み潰してその目から光を失わせた。下では突如起こった怪獣大戦争に湧き上がる子どもたちが手を振って喜びを表現している。
「はっはーっ! みたかぁ、これが私のチカラだあぁっ」
「いや、レッサーアースドラゴンの、でしょ」
全てを見下ろし蹂躙するチカラを振りかざして気を大きくしたルミの大暴走はこれで幕を閉じる。
「やっと、やっとアイシャちゃんを助けに行けるのよねっ」
サヤはそう言うとマケリと連れ立って地面へと駆け降りる。
「さあ、タロウくん。元に戻りましょうかねー」
「ブオ」
「え? なに? ちょっとよく聞こえない。もっとハッキリと──」
「ブオオオオオオオッ!」
「ちょ、暴れ足りないってなにっ。ちょ──」
戦いは温厚なタロウくんを狂気に駆り立てる。またしても立ち上がったタロウくんに、下に居た人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「ちょ、だめ。だめよおおおおおっ!」
「ブオオオオオオオッ!」
再度の叩きつけ。それはウミウシの亡骸を避けて地面にめり込み、陥没させた。その下には何もなくベイルを飲み込んだままのウミウシの魔物とともにルミとタロウくんはポッカリあいた空洞へと落下していった。