格が違う
ベイルたちがその様子を観察している巨大なウミウシの魔物は、青く光る体表は大小さまざまな突起をうねらせていて、時折そこから何やら液体が染み出ているのが見て分かる。
「でっけえな、何メートルある? こんなのとやれるのかマジに」
少しずつ後退を始めた子どもたちの姿を確認したベイルは、それでもやらなければ始まらないとばかりに勢いよく駆け寄ってそのバカでかいウミウシの魔物に斧を叩きつける。
「うおっ⁉︎ なんだこの感触はっ」
ベイルの斧は確かに魔物の表面を窪ませているのに手応えは全くない。
「まるで水みてえな柔らかさに分厚い皮膚っ……!」
力を込めても一向に変わらないためにベイルは一旦さがることにした。だがそこを狙っていたのか、斧を引いたところで魔物の皮膚が裂けて、そこからベイルを取り込み捕食してしまった。
「あーっ、ベイルのやつ何してんのっ!」
思わずマケリが文句を言うが今ここにいる最大戦力が失われたことに焦りを感じる。
「ごぼごぼごぼ……」
今ひとつその生態が分からないウミウシの魔物だが、青く見えるのは中の体液の色で、皮膚は透明に近いのか飲み込まれたベイルが溺れもがく姿が見えている。
「子どもたちは逃げてね。ちょっと対策が分からない」
マケリをはじめとしたギルド職員たちも攻めるべきか決めかねている。遠くから石を投げて矢を射っても弾かれるか中に取り込まれてしまう。
「フレッチャちゃんの魔弓でも無理かな?」
「ごめん、もうそれだけの魔力が残ってないんだ」
あとはサヤが斬りつけるとしても結果はベイルと変わらないだろう。
「何かきてもカチュワが守るのです。だからここは一旦退がるのですよ」
魔物から距離をとる子どもたち。けれどそれはそんなに簡単ではない。
「ちょっ、なにそれえっ! 魔物から触手が伸びてっ──みんな気をつけて!」
マケリが呼びかけた頃には魔物の体表の突起から伸びた黄色い触手が子どもたち目掛けて上から孤を描く軌道で襲っている。
「あうっ!」「いてえ!」「ぐはぁ」
ギリギリかわした者や直撃した者。触手の先端は丸く斬られたり穴が空いたりする形状ではないものの、打撃としても相当の威力があるのは、地面の凹み方や受けた子どもの痛がりかたでわかる。そんな触手が子どもたちの数以上に伸びているのだから実質逃げる事は無理だとわかる。
「どうしよう、もう逃げられないならいっそ」
「ダメだ。サヤまで取り込まれたらアイシャに合わせる顔がない」
「でも……」
そんな会話をしているうちにも触手は攻めてきており、カチュワの鉄壁の守りが2人はもちろん、助けてと逃げ込んできた子どもたちを守り続けている。
「今はカチュワが耐えられるように私たちも支えよう」
「ふ、フレッチャちゃん、そんなところ掴まれると!」
「そうね。けどそれだけだといつかは──」
カチュワの盾にも限界はあるだろうとサヤはその先を危惧する。それまでに、どうにか出来ないと。
「やあやあ、やってるねぇ〜」
「ルミちゃんっ⁉︎」
「花の精霊さんなのですぅ」
魔物の触手をかいくぐりカチュワの盾を横からすり抜けてきた花の精霊。沖からここまでの小旅行の間に状況は把握している。というか戦犯で事態の原因である。
「もう進退極まったって感じだねえ」
「アイシャちゃんはっ⁉︎ アイシャちゃんはどうなったのっ」
サヤの心配ごとの1番はそこで2番と3番もアイシャである。自分たちのこの危機は優先順位としては4番目くらいだ。
「こんな状況でもママのことが1番に出てくるなんて」
「いいのっ、それでどうなの?」
「無事だと思うよ。ママに何かあったらわかるもの」
「そ、そうなんだ。良かったあ」
「サヤ、気を抜くのはここを切り抜けてからだよ。ギルド職員たちもだいぶやられている」
盾が塞いでいた視界の向こうではもっと至近距離で触手の猛攻を受け続けていた職員たちが倒れている。すでに立っているのは持ち前の速さで避けきったマケリだけだ。
「なんだかやれやれって感じよね。仕方ないわ、奥の手を使うしかないかな」
浜辺で砂に顔を埋める人間たちを不甲斐ないとばかりに言う戦犯ルミはここで繰り出せる最強のカードを切ることにした。