想いのかたち
休み明けには雨が上がっていて、アイシャは相合傘が出来なくて少し残念そうな幼馴染と通学路を行く。
傘がなくともくっつくことに制限なんてないよね、と言い仲良く歩く2人の前に、スタッと空から落ちてきた人影がアイシャたちの行く手を阻む。
「アイシャ、お主の仲間であるマイムが帰還している。会ったら声を掛けてやってくれ」
ドロフォノスはそれだけ告げるとアイシャの返事も待たずに何処かへと消えてしまった。
「ドロフォノスさんて無愛想で言葉も少ないけど案外シャイな美人さんかも知れないね」
サヤの予想にはアイシャも驚きを隠せないが、今はマイムの事が気がかりだ。
(なんでわざわざ……?)
しかしその日は10時まである共通座学の時間までにマイムの姿をアイシャが見かけることはなかった。
「まあ、無事に帰り着いてるならお昼寝館に来るでしょ」
アイシャはいつも不意にやってくる魔術士っ子をベッドで気長に待つことにした。
「マイムちゃんどこにいるんだろうね」
「サヤちゃんも見かけてないんだ……」
食堂で話す2人はいつもの席でルッツたちを軽くあしらい、アルスをひっくり返して合流したフレッチャとフェルパ、リコにカチュワの6人で食べているところだ。
そんな仲良しテーブルに教師の1人が近づいてきてアイシャに呼びかける。
「アイシャさん、ちょっと保健室に来てくれないか」
「大胆なお誘いだけど先生とはそんな……」
「何を勘違いしてるのか知らないが、その……マイムさんが朝から保健室にいてだな」
アイシャの自己防衛機能は男子ズの視線に反応しないくせに年増のちょび髭おじさん教師に働きその上で誤作動である。
「え? マイムちゃんが? すぐに行きますっ!」
「じゃあ私も──」
「いや、他のみんなはそのまま待っていて欲しい。マイムさんはその……アイシャさんだけで任せたい」
「そんなこと言って2人きりになろうなんてまさか──」
どうも本格的にアイシャの自己防衛機能は要修理らしい。
ガララ……
アイシャは教師の「静かにね。あとは任せるよ」という言葉で送り出されて1人中に入ってきた。
「ああ、うぅ……」
カーテンで仕切られた向こうにあるベッドに寝かせていると言っていた。苦しげな声をあげているが、教師が言うにはそんな様子ではあるものの、誰かが近づこうとすると激しく拒否する声を上げるので誰も容体をみれていないらしい。
「うっ……はあ、はあ」
苦しげな息遣いは断続的に続く。
「あ、アイシャ……ちゃん」
「マイムちゃん、大丈夫っ⁉︎」
名前を呼ばれて居ても立っても居られずアイシャはカーテンを開けてマイムの様子を確認する。
「あ、えっと……ノックするのはマナーだよ」
「う、うん」
ベッドはシーツもクシャクシャのシワだらけでマイムがどれほどに身体をよじっていたか想像できるほど。そんなマイムは汗をかいていて、やはり息を切らせている。
ただ、残念なことに横倒しの“くの字”に身体を曲げたマイムはズボンの中に手を差し入れていて上着はほとんど着ていない。
「沈黙はツラい」
「じゃあ……何してたの?」
「うん。ナニしてたの」
「見て、ぬめぬめ」
「やめなさい。ほら、拭いてあげるから」
抜いた手をアイシャが仕方なく拭いてあげるのだが、マイムはそんな事に顔を真っ赤にしてはだけた上着よりも恥ずかしそうで嬉しそうだ。
「だって、もう2ヶ月も会えてなかった」
「そういえばそんなになるんだね(だとしてこうなるのだろうか)」
マイムは4月の頭から始業式さえ出ることなく魔術士ギルドの遠征に同行していた。
「遠征中は相部屋だったから」
ひさびさに登校して我慢出来なかったから朝からずっと保健室にいたと。
「ね、いいでしょ?」
「遠征はどうだったの?」
アイシャはかわす。どうせ最後にはなし崩し的にそうなるのだが、その前に話をしておかないと後ではどうなるか分からない。
「栗鼠人族はやっぱり数を増やして領土から溢れるのは時間の問題。おそらく力の弱い人間族の街に向かってくるだろうってのが魔術士ギルドの見解」
その場合、1番に狙われるのは近いギラヘリーの街だが、小鬼たちの襲撃から復興中の街では御しきれないだろうとのこと。
「だから、ギラヘリーの街のギルドと連携してこの街シャハルのギルドからも防衛に向かう」
「そう、なんだ。その時にはマイムちゃんも?」
「うん。1週間後。だからアイシャちゃん」
もう我慢できないと縋りつくマイム。皐月のイラスト集の新作になるとは思いつつ、アイシャも承諾して“プラネタリウム”を発動させる。強敵相手に使う以外はお馴染みのこの用途である。
「昼休みの間だけね」
「うん。それでも」
この日サヤたちがマイムに出会ったのは帰りのことだった。