夢の中でだって逢いたい
「お、おい何の冗談やこれ」
「ハルバ、君は知っているんだろう?」
「そうだよ、そうでないとこんな──こんな事って」
「みんなすまない。思うところはあるだろうが今はただ見守っていてくれないか」
「アイシャちゃん、君はなんで、なんで──」
「──なんでそんなところでお昼寝してるのおっ⁉︎」
夕陽に照らされる緑の平原のど真ん中にポツンと置かれた天蓋付きベッド。いつかの狐狩りの時と同じく自ら囮になるアホの子。
「信じられないだろうがアイシャのステータスはオールEなんだ。そしてそんな子どもよりも弱いアイシャには獲物を欲する魔物が嬉々として襲いくるんだ」
「オールE⁉︎ そんなやつがおるんかいな。せやけどさすがにそれだけで魔物が──」
「あっ、あれっ!」
説明してみせるハルバにダンがあり得ないと口にするが、みなが目にした光景に言葉を失う。
アイシャは平原のど真ん中でお昼寝をしている。歩き続けたアイシャのガチ寝である。
フェルパの匂いに包まれて幸せだなあとか思っていたアイシャはこのベッドからみんなの香りがすることに気づいてさらに幸せの中で眠りについている。生クリームはストレージの中で綺麗に分離させてあるが匂いはそうはいかない。
(リコちゃんの香りがする)
こんな調子でベッドの上をモゾモゾとひとりひとりの匂いを探して芋虫みたいに動いているがガチ寝である。
そんなベッドの周りはいま軽いスタンピードを思わせる様相を呈している。
男子ズが余り近づけば囮の役が果たせないから自然と男子ズが四方に散らばりその処理をしているのだが、戦況は思わしくなく、途中から危険と判断したドロフォノスも参加している。
そしてアイシャの分を、とルミの操るタロウくんがその本来のチカラを小さな身体に隠して蹴散らしている。
「これはっ、さすがに効果覿面すぎる」
ドロフォノスも報告で知っていたがそんな馬鹿なと軽く見ていた。ハルバももはやノルマをクリアしているにも関わらず気づいてないフリしてやたらめったら狩り続ける。
欲深きマケリの影に隠れていたものの、銀狐の際にアイシャを囮にして狩り続ければひと財産と口にしたのはハルバである。
そして祭りの終わりの時がそろそろというところで
「ママ、おはようだよ」
ルミがアイシャを起こす。
「んー、もう?」
「もう、だよ。だから──」
目覚めたアイシャの手には枕と謎の棒。当然長い長い糸が付いている。ベッドをストレージにしまって立つアイシャに気づいたハルバが叫ぶ。
「全員伏せろぉっ!」
あの猿の二の舞はお断りだ。ルミと終わらせ方を相談しておいて“アイシャが起き上がったら号令”と決めていた。
アイシャ以外に立つ人間はいない。
「じゃあ全員! さようならっ!」
(また大雑把でむちゃな要望を)
アイシャの抱える枕の上で大きく手を振り回してルミが声高に叫ぶ。アイシャも呆れるその宣言だが、ここでしくじればこれまで花の精霊ありきで来たアイシャの作戦に疑惑が生じる隙を与えるかも知れない。
ドロフォノスから見ても、さすがの謎の精霊とはいえこんな大量の魔物相手に可能とも思えないから、しくじったとしてもそんな事にはならないのだが。
ルミが手を広げて舞う。アイシャもこうなると試したことのない全力を披露するつもりだ。
鋭く駆け抜ける糸によって狼の首が飛び、うさぎの胴が2つに分かれ、狐は鼻先からけつの穴までを真っ直ぐ裂かれて鹿はツノを細切れにされて首も落ちる。
全員が頭を抱えて地べたに寝そべり、最初こそ目を開けてみていたものの、巻き起こる旋風が血の雨を降らせるのを見て、顔にしずくを受けたあたりからはキツく目を閉じて早く終わるのを祈るようになる。
ルミがはっちゃけてそれにアイシャが応えた大虐殺の行われたあとには鮮血の大輪が咲き誇る野原だけとなり、アイシャがストレージから呪い人形カーズくんをどんっと出したら決着だ。
「みんなー、回収し終えたかぁ?」
ハルバの言葉に男子ズがそれぞれに答える。持ち帰るには大変な量だが、スキルポイントに捧げるなら荷物にならない。
男子ズは溜まったポイントにニヤニヤが止まらないが平原を見渡して苦笑いに変わる。男子ズの獲物を先に回収して残ったのが花の精霊の、アイシャの獲物なのだが、その数が文字通りに桁違いだったのだ。
「はあ、みんな手で触れないと捧げられないなんて不便ね」
思えばここまでアイシャは離れた魔物の死骸もその場でポイントに変換できていた。その上──
「ポイントはギルドカードに吸収されて本人に吸収されるわけじゃない、か」
アイシャがずっと気にすることなく使ってきたシステムはギルドカードだけではなくアイシャ本人にもいくらかの魔力が飛んで吸い込まれていた。
その結果身体の傷が癒えるなんていう謎の現象もみんなには起こる事もなく、何故だろうと見ていたアイシャに「ママの“吸収”の固有技能のせいだよ」と言われて7年にわたって知らずに来た自分の技能のことを知ったのだった。
「じゃあ、どうしたものかって話だけどさ──」
ポイントには最低限ノルマ達成分だけを目立たないようにしゃがんでこっそり変換する。その時の単日の収獲表示がクリアすれば、あとは──。
「ストレージにドボンっ」
平原に大きく大きく円を描き丸ごと、この場にある100を越えるアイシャの収獲をまるごとストレージの中に落としてみせた。
「マジパネエ。花の精霊の強さもだけどどうなってんだお昼寝士のアイテムボックスは」
そんな声が聞こえる中、ドロフォノスは静かにその異常さをメモに綴っていた。