悔いを残さず逝ってくれっ!
樹海の中での移動は昼食休憩に入っている。ここまでの移動は交代で男子ズのうちの1人が呪い人形カーズくんを背負って歩き、その効果のほどを検証していたために魔物とは一度も遭遇していない。
「花の精霊マジパネエよ」
さすがにここまでとは、と男子ズは驚き慄いているが、その効果に最も恐れ実感しているのは未だ監視を続けるドロフォノスだ。
「間違いなく本物だな、あの効果は」
何度かリンクが切れるのを繰り返して誰よりも確実な検証をした者の感想である。
「やはりおよそ20m。少なくとも魔力量の少ない普通の動物は近寄れない。あとはどれだけ魔物に有効か、だが」
初日の猿には有効らしい、と鳥の目から見た景色で決定づけた。猿たちは何度かアイシャ一行とニアミスをしている。しかしどの個体もアイシャたちに気づきもせず、カーズくんの効果範囲を避けるように移動をする。
そんな守られた空間で昼食を済ませた一行はあと少しの休憩を過ごしている。
「ルミちゃん、はい」
「あーんっ。ママのクッキーは美味しいねえ」
お猿さんたちも初日に見た光景が、今度は自分たちの輪の中で行われている。
誰かが生唾を飲む。ルミがアイシャにあーんする。
「あ、アイシャちゃん、俺も、その……あーんっなんつって」
「ん? はい」
「んんっ⁉︎」
情緒などないが、その行為は本物である。ダメ元チャレンジのルッツの口にはアイシャの手によりクッキーが差し入れられたのだ。500円玉ほどのサイズでそれほどに大きくないクッキーは口の中に丁寧に入れられて、ルッツの唇がアイシャの指に触れもした。
「あ、アイシャちゃん、俺もっ」
「そんなに食べたかったの? はい」
テオも同じように入れられて満面の笑みだ。
「その、お、俺も──」
「はい」
ダンさえも、もはや堕ちるところまで堕ちたようである。
「あの子どもたちは随分と仲良くなったものだな」
何もなければそれほどに注意深くは見ていないドロフォノスは男子ズが堕ちる過程を見ていない。正確にはドロフォノス自体にそんな欲求がないから男子ズが堕ちる理由にも気づくことはない。
「じゃあ色々と満足したことだし、進むか!」
元気はつらつなダンは唇に触れた指の感触で頭がいっぱいだ。
「ルミちゃん、ちよっと……ごにょごにょ」
「ふん、ふんふん。なるほど……まっかせて」
立ち上がったダンのそばで行われる内緒話でさえ眼福な男子ズ。
「えっと、これから私の魔術で出口までの道のりを示しますっ!」
ルミが高らかに宣言する。
「そんなこと出来るのか? ならもっと早くしてくれればよかったのに」
「うっ、それは……」
まさに正論とはこの事であろう。最初からしていれば遭難することもなくみんなと同じ日に目的地に到着していたであろうに。とはいえ最初の頃のダンの振る舞いでその気にならなかったのも事実。
「初めからしなかったのは──それをするには、いくらかの犠牲が必要だからですっ!」
ルミのまたしても捻り出した苦しい言い訳。これには男子ズも緊張が隠せない。なんせ下手をすれば身体の一部とお別れになる可能性もある。
「そ、その犠牲ってのは──?」
ハルバが恐る恐るお伺いをたてる。
「それは、ママがくすぐりの刑に会うことですっ!」
ババーンっと効果音を自分の口でつけて放つ衝撃の事実。男子ズが訳が分からないと固まり、いきなりのとんでも発言にアイシャが震える。
「もちろん月下香もオプションでつきますっ!」
「ゲッカコウ……何やら恐ろしい響きだが、アイシャちゃんは大丈夫なのか?」
ハルバの呟きで男子ズがアイシャを見れば
「る、ルミちゃん……本気で言ってるの?」
顔を真っ赤にしてモジモジするアホの子が男子ズの目と思考を奪った。
((((一体何が行われるんだっ⁉︎))))
「それは、そんな犠牲は──」
「いや、この状況なら仕方ないっ! アイシャちゃん、俺たちのために犠牲になってくれっ!」
良識のハルバを欲望のルッツが遮って頼み込む。
「ああ、このままでは俺たちはみんな樹海に骨を埋めることになるかもしれないっ! アイシャちゃん、どうかっ!」
欲望のテオが追い打ちをかける。
「せやな、こんなことになってもうて、俺も責任を感じんわけやない。けど方法がそれしかないんやったらっ! 頼むっ、アイシャちゃん!」
(ルミちゃんなんでこんなことに……?)
(──てへっ?)
「……はあ」
こうして一行はアイシャという尊い犠牲が払われる約束で出口までの道のりを知ることが出来たのだった。