おはようの挨拶
「昨夜はマジに1匹も出てこなかったな」
「ああ、これって本物なのか」
「花の精霊が言うなら間違いねえだろ」
「せやけど、あれだけおった猿の一頭も出てこんのは凄いで済ませてええのんか?」
男子ズが取り囲み眺めて口々に感想を話しているのは呪い人形カーズくんver.2についてである。
「これ、魔除けなのよね。効果は私が保証するわっ! これを置いていくから、私とママは朝まで休ませてねっ」
とルミが言えばその真偽がどうであれ逆らう事など誰も出来ない。みんなまだ身体のどこともサヨナラしたくないのだ。
そんな2人が引っ込んでいたコテージの扉が音を立てて開く。
「あ、お昼寝士。起きたんか──」
音のしたコテージの方を振り向く4人はつい固まってしまう。
「おはよ……」
昨夜散々森を歩き回って猿の死骸を集めたアイシャの着ぐるみにはいくらかの汚れがついていて、銀ぎつね素材の着ぐるみパジャマなら簡単に落ちるとはいうものの、気分的にそれを着て寝るのを避けた結果、下着姿にシャツだけという寝間着で、つまり──
「ママっ! だめよ、ここはおうちじゃ無いんだからっ!」
そう言うルミに無理矢理コテージ内に押し込められたアイシャはパンツこそ見えなかったものの、太ももから足の先まで何もない長めのシャツ一枚というお猿さんたちには刺激の強い格好でおはようしてしまったのだ。
「おはよう、みんな」
着ぐるみパジャマを着たアイシャによる、おはようのTake2である。寝ぼけ倒していたアイシャは先ほどのことは記憶にない。ルミも朝から混乱させるつもりもないから言っていない。
「あれ? みんなどうしたの?」
アイシャをまともに見れない4人はさっき交代で茂みに入って帰ってきたまま固まっている。
「ルッツ、顔が赤いよ? 熱でもあるんじゃない?」
「だ、大丈夫ッ──!」
おでことおでこがゴッツンコ。アイシャはルッツの体温が大丈夫か心配でお母さんが良くしてくれた事を真似ただけだが
(うーん、よく分かんない。私よりは熱い?)
「な、な──」
おまけにルッツの視点からはアイシャの着ぐるみの胸元が微かに……その下はシャツも着ているからそんなことはないのだが。
「少し、熱があるのかな?」
「ちょ、ちょっとションベンしてきたら治るからっ! い、行ってくるっ!」
顔が真っ赤なルッツは用を足しに茂みの向こうへと隠れてしまった。
「お、俺も熱があるのかも?」
「そうなの? ハルバはみたら分かる?」
「いや、そこはアイシャがみてやった方が──」
「私得意じゃないみたい。よく分かんなかったのよね」
そう言ってアイシャはルミにお茶を淹れてもらう。そのそばでテオが涙を流してハルバが「すまん」と謝るのを不思議に思いながら。
「さあ、出発やっ!」
帰ってきたルッツに「見えたんか? なあ、見たんか?」と散々迫ったダンの号令で出発する。ちなみにルッツが「す、少しだけ」と見えてもないものを想像力でカバーした回答をしたために──
「あ、あのさ。気持ちは有難い? んだけど、ちょっと窮屈かなぁ、なんて」
「いーや、昨日襲われてたのもアイシャちゃんだけだったからこれくらいじゃないとっ」
「それにしても──」
ダンが先頭なのは変わりない。けどその後ろにアイシャがいて左右と後ろを他の男子で囲む形。
「名付けてクロスフォーメーションや」
「いや、ちょっとむさいから私はルミちゃんと後ろに行くね」
誰もがチラを期待してアイシャの近くを譲らなかった結果のフォーメーションは守られる本人により却下されてしまった。
「アイシャちゃん、手を」
「ん、ありがとう」
フォーメーションは森の狭い道を抜けていくための縦列となり、最後尾がいいというアイシャの手をとって「気をつけてね」と引くことの出来るポジションを手にしたのはテオである。なんて事のない段差でさえアイシャの手をとって声を掛ける。心遣いを悪くは思わないアイシャだが、いちいち反応するのは少し面倒くさい。
「ねえ、テオ」
「ん? なんだい」
いちいち反応するのが手間ならその手間をなくせばいい。アイシャは呼び止めたテオの手を握り
「これなら危なくないものね」
と我ながらナイスアイデアとばかりにテオに微笑みかける。
「あっ、テオっ大丈夫?」
あまりの破壊力にテオは腰が砕けそうになる。こんな樹海の中で着ぐるみを着て枕を持つ変な女子に。
「まったく、自分の方にもちゃんと注意をむけてよね」
ふふ、と笑うアイシャはもはやテオの天使である。
「……やっぱりママは魔性なのかも」
このアホの子は元男子で現女子であり心の中に百合っ子を抱えるという複雑な魂の持ち主で、男子に対しては、教えられなければ自身がどういう影響を与えるのか分かっていない。
「ねえ、隊列の順番なんてどうでも良くない?」
自身は最後尾がいいと宣言するアホの子が言うのはどうかと思うがこれで3回目のジャンケンが行われている。
「後方がいいのはみんなも一緒、なのかな」
「ママ……」
手頃な石に座り男子ズの引き分けの連鎖を両膝に両肘をついた手にあごを乗せてぼんやり眺めるアイシャ。休憩するのは嫌いじゃないからいいけど、と。
日は頂点を過ぎて傾き始める。まだ樹海の外は見えていない。