気づけばひとり、またひとりと
「俺はルッツってんだ」
「アイシャよ。助けてくれてありがとうね」
しばらく進んだところでまたも野犬がアイシャに襲い掛かったのだが、テオと話をつけていたルッツのやけに早すぎるフォローがアイシャを窮地から救ったのだ。
今回は倒れてもないから必要ないのだが、差し出されたルッツの手を挨拶の握手だと受け取ったアイシャは握り返した。
「よく鍛えているんだね、ゴツゴツして男の子らしい手だもの」
盛りのついたお猿さんことアルスの訓練に身の入っていない子どもの手と比べてなんとなしに感想を笑顔とともに口にすれば
「へへ、剣士仲間でもちょっとは出来る方なんだぜ」
簡単に堕ちるルッツ。ちなみにフォローが早かったのはずっとアイシャの方を気にしてこのシチュエーションを期待していたためである。なんてことない、ルッツもお猿さんなのだ。
「柔らかかった。それにカッコいいって」
そんな事は言ってないのだがお猿さんにはそう聞こえたらしい。
「なっ⁉︎ そんな事までっ」
「そう、そんな事まで──」
「はあ、お前らほんと好きだよなあ」
「「べ、別に好きなんかじゃねえよっ」」
呆れるハルバ。ハルバは早い時期にアイシャとも出会ってはいるがその時一緒だった剣士の女の子の方が好みだった。その子は聖堂武道館でいつも訓練に励んでいて今に至るまでその姿をずっと見ている。
たまに手合わせをしたりして負かすと悔しがり、勝つと素直に喜ぶのが可愛い。それはいつからか、それとも初めからなのか。ハルバはその子に恋をしている。だから同じお猿さんではあるが対象はアイシャではない。
(サヤちゃん、今頃どうしてるかな)
この時ハルバとアイシャは別々に同じ人を想っていた。
「アイシャちゃん上手くやれてるかなあ」
「大丈夫だと思うのですよ。アイシャちゃんは可愛いので」
「そうだな。案外男子どもをたらし込んでいるかもな」
「だ、ダメだよそんなのは!」
キャッキャとする3人はいまギルド管轄の休憩所で昼食をしている。距離を置いたはずのパーティもアイシャたちの時のように休憩の時は一緒になりがちだ。
「お前どの子だよ」
「やっぱりサヤちゃんだろ。見ろあの笑顔、たまんねえよ」
「俺はフレッチャだな。あの弓見たか? 引く時にこう、背筋を伸ばしてさ。矢を飛ばしたらぷるんってよ」
「それ弓の話じゃねえだろ」
「カチュワちゃんも可愛いぞ。あんな小さいのにすっげえ盾。攻撃を受けた時なんかもうぷるんって」
「サヤちゃんと変わらないのにそこだけは大きいもんな」
「だからお前ら話の焦点が──」
「「「そりゃ仕方ねえだろう」」」
男子は男子で楽しく盛り上がっているが、その声はどうも小さい。
「なんだか男子たちも楽しそうだな」
「サヤちゃんのファンかもなのですよ」
「ええー。要らないよぉ」
「そうだな。サヤはアイシャがいればそれで」
「そそそ、そういう意味じゃなくって──でも、そうなの、かも……」
否定しきらないサヤにフレッチャとカチュワは顔を見合わせてまさかともう一度サヤを見ればそこには顔を赤くして俯く少女がいた。
「途中で出てきたのは野犬が2頭か」
「まあ難なく倒せたからいいけどな」
アイシャたちも少し遅めの昼休憩だ。思ったよりも現れない休憩スペースにイライラしていたダン。ルッツとテオはまたアイシャが襲われないかを期待して疲れ知らず。ハルバはそんな2人に呆れつつもペースを崩さない冷静ボーイだ。
「なあ、アイ、アイツも呼んでみるか?」
「あ? あんな守られてばっかのやつはいらんし。それよりキファル平原で何を狙うか考えようや」
ついアイシャと口にしそうなのを堪えて提案したルッツだったが、ダンにはそこまで輪に入れるつもりはないらしく却下されてしまった。
「おい、ルッツ。見ろよ、あれ」
「なんだテオ小声で。いったい何が──」
2人の視線の先、離れて1人座るアイシャはルミにお茶を淹れてもらい、昼食代わりのクッキーをルミと食べさせ合いっこして遊んでいる。背景には白い花まで見えそうな甘い空間。
「可愛い……俺もあーんされてえ」
「な」
喋るのに夢中なダンは気づかず、ハルバはサヤがどうしてるかなとかばかり考えていた。