精霊術士アイシャ
「む、他の門が出発し始めたようだ。そっちの組は先に出ろ。2つの組は30分違いで出る。道中出会っても有事でない限りは合流は認めん。拙者はこの枕娘のいる組の出発を待ってからになるが、きちんとそちらも見張っておるゆえに安心して行け」
耳に手を当てて何かを聞いていたドロフォノスが指示するのに従い先の組が門を出る。
「枕娘ってなんかあらぬ疑いをかけられそうよね」
「ママのそれはちょっと分からないかな」
アイシャの呟きは唯一の仲間であるルミにも伝わらなかった。
「枕の」
「アイシャよ、ドロフォノスさん」
「──アイシャ。そなたは誠にその格好で行くのか?」
「変、かな?」
同じ組の男子たちの視線はアイシャに厳しく、服装はともかく武器について何かしら不満があるようだ。
「変でないと思う根拠が知りたいところだが。そうだな、枕でどう戦うつもりなのか。それを聞かせてもらおうか」
「ちょっとやだなあ、ドロフォノスさん。どこの世界に枕を武器にする人がいるのさ。これは寝具、お昼寝用のいつもの、ま・く・らっ」
もー、やだなあと笑うアイシャに頭を抱えるメンバーたち。ドロフォノスは「なるほど、こういうことか」と何か納得したようで、次の瞬間には離れていた距離を詰めていてアイシャのこめかみを掴み上げる。
「あだだだだだだっ」
「バラダーさんから聞いてはいたが、せめて戦える用意をしろ」
ほどなく解放されたアイシャは涙目で
「なんでそこでバラダーさんの名前が出てくるのさ」
「この年にこれこれこういう奴が来るかも知れんからとギルド職員に通達がなされているからだ」
「んなっ!」
「それには“少し過激な扱いをするくらいで丁度いい”とも含まれている」
「あんの髭めーっ!」
ドロフォノスの説明に荒ぶるアイシャだが、全て自業自得である。
「分かったなら何かないのか」
「あ、あのっ。ママには私のチカラを貸すんだけど、それでもいいかな?」
このままではアイシャは何をやらかすか分からない。というより戦えることを隠したいアイシャは頑なに武器の所持を拒むだろう。
その上でサヤたちを裏切る結果になるのも嫌がって取るであろう行動がルミにも予想がつかない。なら自分で誘導してやる方が楽である。
「ん? ああ、アイシャの精霊か。お昼寝士は──そうだな。精霊と繋がりを持つのであればそれも能力。構わん、精霊のチカラとやらを貸してやってくれ」
「ほっ……じゃあ」
ドロフォノスの許可を得たルミはいつかのすずらんを咲かせてみせた。
「ほう、これが花の精霊の魔術か」
「まあ、そんなところ。この中は女子専用だから、男子はダメよっ」
「拙者は──」
「拙者もだめ。アイシャちゃんだけよ」
「むう」
すずらんコテージはルミかアイシャの許可がないと入れない。アイシャが「ありがとう」と言い2人はいそいそと中にはいる。
「花の精霊は丁重に扱えとの通達があったのだが」
何をしているのか不明なだけに、ドロフォノスも男子たちも文句を言っていいのか分からない待ち時間が過ぎる。
やがてコテージから出てきたアイシャとルミを見たメンバーとドロフォノスは揃って頭を抱えてしまった。
「あら? 私たち花の精霊の流行なのよ、これ」
「お揃いだもんねー。これで何がきてもへっちゃらよっ」
前にも同じ言い訳をしたルミ。今回はルミのママも同じ格好の銀ぎつね着ぐるみパジャマはメンバーの心の中に「服装はセーフだったんだよ」というツッコミの嵐を巻き起こしているのだが、アホの子2人にはどうやら伝わらないみたいである。