見事な着地。10点10点10点──
宙に投げ出されて逆さまのアイシャ。
「“雷迅”」
おじいの放つ突きはいよいよ誰の目にも映らない。それは身体能力だけでなく、魔剣の能力と技能が組み合わさって行われる絶技。未熟者が扱えば魔剣はその手から抜けるか腕を引きちぎって彼方へと消えるだろう。なので遣い手は腕を伸ばすのではなく、伸ばさないで抑え込むチカラが必要になる。
アイシャはギリギリで身を捻り走り抜けるイカヅチを避けた。魔力のガードがなければその身体に電撃を誘導してかわせなかったことだろう。それは並の人間族では回避不可能であるのと同意。
魔剣の飛ぶ勢いはまだ残っている。おじいはそれに抗うために硬直する。
「“魔炎双脚”」
流れるように回る両脚。アイシャはその腕で地面に立ち、脚の動くままにおじいの魔剣を襲う。
幾度目の蹴りが弾いたのか、魔剣はすでにおじいの手から離れて地面に突き立っている。なおも迫る炎の群れをおじいは全て紙一重でかわし続けている。
「なんだあれ、本当に人間同士の闘いなのか」
誰かの声がギャラリーのざわめきをさらに大きくした。異形の振り放つ炎に見惚れる者や剣神を応援する者、悲鳴のような歓声は2人を包んでクライマックスの時を知らせる。
「“無手奥義、星砕き”」
斜めに振り下ろすそれはただの手刀。だが剣神たるトマス老が持つ実際の技能であり、その手刀は魔剣と互角のアイシャの蹴りを止めて、そのまま強烈に地面に叩きつけた。
黒き異形の人物を叩き伏せた剣神。ギャラリーの興奮は最高潮に達しておじいはその比類なき強さを示すことが出来た。
「なんで私が?」
「アイシャちゃんよ、お主あんなことをしておいてわしが気づかんとでも思っておったか?」
アイシャがおじいの背中におっぱいを押し当てたあの時。まだアイシャの実力というのを見抜けていなかったとはいえ、剣神の背中をいとも容易くとって見せただけでなく、いつでも落とせる体勢に持っていったのだ。
「──そんな事の出来る者になど久しく出会ってもなかったわ」
アイシャの過保護がおじいにその本質を見抜かれるきっかけとなっていた。
「まあ、おじいはそうだと知っても言いふらしたりしないよね?」
「さあ、どうかのう?」
「お願い──」
祈るアイシャ、デレるおじい。秘密はしっかりと守られそうだ。
「その代わりに、わしと手合わせしてもらおうという訳じゃよ」
「バトルジャンキーね」
「戦いに身を投じた者の宿命よ。そう思うとお主の幼馴染。今のうちから強さに貪欲というのは生粋の戦闘狂なのかものう」
「一緒にしないで。私のサヤちゃんは将来は綺麗なウェディングドレスを着るはずよ」
「“私の”、のう──」
「わしの勝ちのようじゃのう」
打ち合わせ通りの結果。途中まではガチで、周りが興奮の渦に巻き込まれたところでふたり示し合わせたフィニッシュ。猛攻をかけながらそのタイミングを小声で伝えるアイシャの余裕におじいは現時点をしてまだ実力を見誤っていたと悟る。
想像以上の白熱した展開に周囲がまだ騒ぐ中、異形の人物が勢いよく飛び上がり空中で身体を捻って着地する。
「私、満点」
この場の全員の頭にハテナが浮かんだ時、アイシャの足元から天を衝く爆炎が巻き起こり、次に場が落ち着いた時にはもうその姿はどこにも無かった。
「そんなことがあったんだね」
「そうなんだよ、アイシャちゃんも見られたら良かったのに」
「それは残念だったよ。なんせ朝から出てなかったもんだから」
興奮して朝の出来事をアイシャに語りかけるサヤは、私もあれくらい強くなるんだ、と意気込んでいる。どうやら元気な彼女が戻ってきたみたいで、アイシャの目論見は成功したようだ。
「でね、その黒い人がちょうどアイシャちゃんくらいの大きさでね。もしかしたらあの中にはアイシャちゃんがいるのかなーって。う◯こは嘘なのかもって」
ドキっとするアイシャ。だがそのためにアイシャは保険をかけていた。
「でもね、その人は男の子っぽい声と話し方で誤魔化してたんだけど──」
もしかしたらバレて? とルミが動揺する。
「そう思ったんだけど、その人の胸はDくらいあったから。アイシャちゃんじゃないなって」
「そ、そうなんだ。羨ましいなあ」
貧乳秘奥義“ザ・詰め物”。二段構えどころか三段構えのカモフラージュ。アイシャは自身のカモフラージュが上手くいってホッとする反面、幼馴染の判断基準に悲しくもなった。