ママは最近便秘気味らしいのよね〜
「わしの、強さを?」
アイシャの提案に剣神トマス老は少し思案して
「ただ剣を振ったところで上手くはいくまいて。それには相手が必要かのう」
「強い人? じゃあ知り合いのモヒカンに頼んでみたらいいかな」
「いやいや、そのモヒカンとて恐らくは……」
明言は避けたものの足りないと語っているのは明らか。
「じゃあクレール父でも呼ぶかな。あれは呼んだら来そうだけど色々と面倒が重なりそうなんだけどなあ」
現代の英雄と数えられるクレール父を軽々しく呼ぼうとする上に面倒とまでのたまうアホの子は目の前のおじいの見えない視線に気づかない。
「いやいや、それよりはもっと簡単で強力で協力的な人物がいると思うんじゃが」
「うん? そんな適役が? おじいの知り合いとか?」
「おお、おお。もちろん、知り合いじゃとも。この街に訪れて初めて出来たお友達じゃよ」
満面の笑みで答えるおじいに「そんなら早く言ってくれればいいのに」と返したアイシャだが──。
「あの時の、続きをまじめにやろうかの」
手首を取られ、まともに正面から顔を突き合わせたアイシャとおじい。
「このような子がなぜ放置されておるのか」
盲目で魔力の扱いに長けていて、その視界は常人とは別のものを映している。ものの本質。アイシャのアミュレット“偽りの正義”が通用しない数少ない存在がこの剣神なのだ。
「わしの魔剣“龍爪”はイカヅチを纏い相手を貫く──」
ギャラリー向けの演説。相対するアイシャにそのワザを悟られる事になるが仕方ないと告げたもの。
「そう、じゃあ“僕”も。この姿はみんな怖いかも知れないけど、これは“僕”の固有技能“鬼の慟哭”を発動させた姿だよ。昔に大鬼を仕留めた時に取り込んだみたいでね。血よりも濃い紅の炎を纏い全てを焼き尽くさんとする。初めて使ったけど──おじい。油断しないでね」
「油断など。まるで──そう、まるで」
おじいはその称号を得る前に、まだ目の見えているうちに強敵に出会い、光を失った。目の前の孫娘のように可愛いはずのアイシャは今、おじいにその時の感覚を呼び覚まさせる。
「はいはーい。危ないからもう少し下がっててねー」
ギャラリーの安全を頼まれたのはルミだ。ルミが小さな種を地面に落としていくとみるみるうちに真っ赤なバラが育ち、互いに絡み合い即席の壁を作り上げる。もちろん視界も十分に確保されており、バラの生垣に満ちた魔力の障壁が皆を間接的な衝撃から守る。
「ルミちゃん、アイシャちゃんは?」
ギャラリーの1人サヤが問いかける。
「あー、ママは──そう、うんこ中」
お昼寝と言えばこの幼馴染はアイシャを呼びに行く可能性がある。そう考えてルミは一応選んで嘘をついたが、聞こえていたらしいアイシャが振り向いたのを背中で感じて滝のような汗をかきつつ、どうにか知らんぷりして障壁を作る作業を継続した。
舞台は整った。早速とばかりにおじいの様子見の斬撃がアイシャを襲う。アイシャはさして慌てることもなく身体を逸らして避ける。様子見とはいうものの、そこは剣神。踏み込みから反応出来たものがギャラリーの内にどれだけいたことか。
身体を横にして躱したアイシャはゆったりとした動作で左膝をあげてから曲げて、蹴る。ハイキックの軌道からの軸脚を回転させての蹴り下ろしという変則だがおじいも退がることでかわす。
この2人、本人の感覚ではゆっくりとその動きを確かめるようにしているのだが、それぞれが日々愚直に繰り返して磨いてきたその動きは他人からしたらとんでもなく速い。
アイシャは振り下ろした脚を今度は軸にして回り右の踵でおじいを襲う軌道。その軸脚は少しずつ曲げて沈み、やがて弾けるようにして伸ばせば斜めに斬り込む斬撃となる。
おじいもまた、下にさげた剣を引き上げて縦に構えて迎え撃つ。このままぶつかればアイシャの脚は魔剣に斬られることになる。おじいの心に迷いがないわけではないが。
(この孫娘がそれを分からないわけはあるまい)
出会ってまだひと月足らずの関係でしかないアイシャの感覚を信じる心が上回った。
もともとのグリーブの強固さもあるが、魔力の扱いに慣れたアイシャはその素足で岩トカゲを蹴り殺していたのだ。当然のように固い外殻を破壊するために自身の硬化というワザまで器用に身につけている。
魔剣と脚がぶつかり金属音が鳴り響く。どちらも壊れていない。どちらもその身体を退かない。おじいが逆手にした剣を下から振り上げればアイシャが宙を舞う。
「“雷迅”」
アイシャを飛ばして距離を取ればおじいは魔剣を肩の位置で水平に構えて技能を発動させる。
「来なよ。その魔剣は相手を“貫く”んでしょ」
斬るではなく貫く。
轟音とともに地面に水平なイカヅチが走った。