強さとは──圧倒的武力!
「すっごい爽やかな朝ねっ!」
バーンと窓を開け放ち、すぐさまアイシャは窓を閉じてカーテンを閉める。
「あっぶない……」
「ママはアホなのアホの子なの?」
風呂上がりでも抜け切らないそれにいつもの銀ぎつね着ぐるみパジャマは滑らかな触り心地がとても危険で結局は何も身につけずに寝ていたのだ。
「お布団も乾かさなきゃ」
別にオネショではない。違う水気によって今も湿っているお布団は
「乾かすだけで間に合うの?」
本人はともかくルミが言うにはには少し淫らな匂いがするらしい。
「だって──何もしてないのに」
そう、アイシャは何もしていない。なのに寝ては時折刺激に目覚めるようなことを繰り返して朝を迎えたのだ。
「おはよ、アイシャちゃん。今朝はやけにスッキリした顔してない?」
布団をどうにか洗濯したあたりで母親に見つかりオネショ疑惑を持たれたが、真実よりはマシとして後の処理を母親にお願いしてきたアイシャ。
スッキリした顔、というのは布団の懸念が無くなったからではなくその原因で寝ている間に色々と発散したからだろうか。
「そそそ、そうかな? 私は別にいつもと何も──」
不意にアイシャの唇に指を当てるサヤ。その真意は測れないが、んふふと笑うサヤを見て夕焼けを思い出すのも無理はない。
「私は、すごくいい気分だよ」
あの夕焼けから休みを挟んだ今日は週の初め。休みの間にサヤはいくらか持ち直したのだろうか。
「サヤちゃんはもう、大丈夫なの?」
幼馴染のことはなんでも分かっているつもりだった2人。けれどそれぞれに抱えるものが変わって見えない一面も出来てきたのだろう。アイシャにサヤの悩みの程はいまだ正確には分からない。
「とりあえずは頑張るしかないかなって」
はにかむサヤにアイシャは「うん」とだけ、そうとだけ答えるしか出来なかった。
「アイシャちゃんや。珍しいの」
まだ始業前の少しの時間。トマス老はアイシャがあれ以来寄ってこない事に残念がりもしたが、その理由も分かっている。
「ブラを買いに行っていたの、じゃな」
「そんなわけあるか。いつも付けてるよ」
盲目の老人はいささか耄碌しているようだ。
「おじいは、強さってのをどう思っているのかなって」
サヤの悩みの原因はこの剣神と崇められる年寄りにあるのだ。直接聞くのが早かろう。
「その質問は剣士たちから聞きたかったのだが、のう」
あやつらはがむしゃらにアピールするだけでの、と。
お茶を飲み、一息ついておじいは口にする。
「正直、分からんの」
「分からない? 剣士の最高峰になっても?」
「だからこそ、じゃな」
おじいの淹れてくれたお茶は渋い。特別に与えられた個室は広く、その趣味はおじいに合わせたものらしく落ち着いた色合いの家具は低いテーブルに座椅子である。
「個の武力であれば間違いなく最高峰、なのじゃろう。けれど魔術士には敵わん。届かんし大勢を一度に屠ることもできぬ」
「魔術士の方が強い?」
おじいは首をふるふると横に振り
「弓にも届かん」
「弓の方が強い?」
それにもおじいは否定する。
「結局、どうなの?」
「さっぱりと分からんくなってしもうた」
どうやらボケが始まったみたいだ。アイシャは心の中でそう結論づけた。
聖堂武道館には既に生徒たちと教師が集まり、訓練をすることなくその登場を今か今かと待ち侘びている。
やがて現れた剣神。いつものラフな格好ではなく、丈夫な布で出来た戦闘服を着ている。一見すると和服のようなそれは、ダンジョン奥地で手に入れたアーティファクトと呼ばれるもの。着れば透明な魔力の膜を纏い、着用者の魔力量に応じてその硬さを変える。
「今日は、“連れ”が来ておっての。知らせた通り、デモンストレーションじゃ」
武器も仕込み杖ではなく本気の愛剣。人間族が持つ数少ない魔剣の一本。それを引き抜き光り輝く剣身を皆に見せてひとこと。
「これよりワシが剣神と呼ばれるその所以、披露してみせようぞ」
薄く開いた眼は白く濁っていて何も映していないが、その正面に現れた“連れ”を鋭く睨んでいる。
「おじいっ。そんな格好いいところは見せられないぞっ」
少年のような少し高めの声であまり慣れない口調なのかなと思わせるその“連れ”はその両手両脚に装具を着けて現れたが、それ以外……剥き出しの身体は黒く赤い筋の走った異形。
スッと構えを取る異形の人物。もはやそれが何の型なのか、劣化して擦り切れた本人の遠い昔の記憶もとうとう残ってはいない。けれど対峙したおじいは悟る。
(安請け合いなど、せなんだら良かったか)
アイシャの提案で始める対人戦。剣神のその強さを見せつければ自分たちの強いだの弱いだのというのがドングリだと気づいてサヤもちゃんと目指すものを見つけられるだろう、と。
剣神の額を汗が流れ落ちる。