【番外編】昨日の敵は今日の友
「酒場、か。アイシャたちはまだ子どもだから飲めもしないのに──利益還元とか言っていたみたいだが理解できないな」
「あの嬢ちゃんらしいといえば、らしい。よっぽど繁盛したんだろう。俺もあの喫茶店には顔を出したがさっさと仕事に戻ったからなぁ。お前の勇姿を見れなくて残念だったぜ?」
仕事を早めに切り上げてクレールとベイルがアイシャのパーティに参加するべく酒場までやってきた。マケリたち他のメンバーや顔も知らないはずの下っ端まで遠慮なくということで、他にも連れ立ってすでに店の中らしい。
「勇姿だなんてものじゃないですよ。あのエルフに完膚なきまでにやられたんですから」
途中までは圧倒していたはずの細いエルフに、訳もわからないままに負かされた。その事実は抜けない棘となりあの時から日を改めて開かれた今日のパーティまでずっと心に深く刺さっている。
「俺たち人間族がこと魔力の扱いにおいて魔族に劣ることは知っているだろう。それがことさら顕著に出るのが純粋な魔術のぶつけ合いと無手の殴り合いだ。そんなことをしたってんだから、それだけでも勇姿と呼べるんだよ」
ベイルは格好いいところが中々ないがそれでも相当に手練れである。クレールがいくら同期の中で強いとはいえ、まだまだベイルには敵わない。そんな男に言われてクレールも少しは気が晴れる思いだろう。
クレールがベイルに頭をクシャクシャと撫でくりまわされていると店の前あたりで反対側からやってきた男とバッタリ出会う。
「これは、ベイルさんに……我がライバル」
「クレールだ。覚えておけ内股エルフ」
そうして3人は酒場に入り同じテーブルでなんだかんだ飲み食いを始めた。
「ショブージよ、うちのクレールはどうだった」
骨つき肉に豪快にかぶりつくベイルはもう片手に木のジョッキを持ち、目の前には種もみの入った袋がアイシャからのサービスとして置かれている。全くもって意味不明である。
「正直なところ脅威を感じましたね。まともにやり合えば勝てないでしょう」
そんなショブージはゴロゴロ野菜のスープを上品に食べている。彼にはアイシャよりシュークリームが贈られてそれを愛おしそうに眺めて手をつけようとはしない。きっと持ち帰り祭壇に祀るのだろうが、色々羞恥を晒したエルフが怒らないようにご機嫌とりに出されたと知れば、余りの手抜きさに怒るだろうか。いや、自分のためだけに出されたというだけでショブージには至宝なのだ。
「ふざけんな。手抜きしてやがったくせによ……」
そこなのである。序盤は確実に押していたクレールは畳み掛けるようなラッシュを認識することも出来ずに沈むことになったのだ。持ち上げられても納得いくはずもなく手にした鳥の丸焼きを骨ごと噛み砕く。どこかのちんちくりんに力強さをアピールしたいのだが、鳥の骨などは食べないアイシャにとってただ気持ち悪いだけで、相変わらずクレールの男アピールは上手くいかない。彼には桃色と黄色と緑色の小さな団子がアイシャから贈られている。だが目の前の内股エルフのように崇める気もないクレールは緑色のをひとつ口に入れて「甘いな……」と一言だけ呟いたが内心嬉しくて仕方ない。
「あれは……あなたから見ればそうだったのかも知れませんが、私の中の信仰がそうさせただけです。たまたま、あの時あの場所で“あの状況”だったから──」
視線を落としシュークリームを見つめて
「──私にないチカラを与えられた結果です。なので次は自分のチカラだけでまた決闘したいものです」
ショブージのそれは本音である。彼もまた内股ではあっても優秀な戦士なのだ。与えられたチカラで得た偽りの勝利を喜べるほどに愚かではない。
「けっ。まあいい。俺はいつでもやってやる。だから必ずまた再戦するぞ」
「ええ、今度は女神のお力添えなく」
打ち付けるジャッキが軽い音を立てる。2人が敵同士ではない戦士ならば分かり合えるのだろう。熱い男同士の絆が芽生えたのかもしれない。