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喫茶“ララバイ”

「喫茶店といえばオムライス」


 アイシャがフライパンを振るう。前世でちょっとこだわったりもした少ないレシピ。しかしその連想は純粋な喫茶店のそれなのかは謎。


「お待ちどうさまっ」


 お茶はルミの役目。華やかな香りのティーセットにはクッキーも付いていて、これが口コミですぐ広まり今は角のスペースをどんどんと広げて既に祈りを捧げる聖堂の半分を埋め尽くしている。


「アイシャちゃんっ、オムライスふたつお願いね!」


 コック服に身を包んだアイシャにオーダーを投げたのはもちろんサヤである。


「これを、こうして──萌え萌えなのですよ」


 お客のテーブルに出したオムライスにケチャップのハートを書いたのはカチュワだ。なぜそうするのかは誰も聞いていない。給仕する皆がメイド服なんてものに身を包んでいる理由さえも。ただそうあるべきだというアイシャ(『彼女』)の要望のためだ。


「お、お待たせしました」


 次にオムライスを運んだのはフェルパだ。彼女は屋台でお手伝いこそしたものの、これだけの人のいる空間で働くのはまだ恥ずかしく、そのためハートは震えて歪になってしまう。カチュワやサヤたちの出来と比べるとクレームのひとつでも出そうなものだが、そこはアイシャから魔法を授けられている。


「萌え萌えキュンっ」


 心底恥ずかしそうに手でハートを作り、ごゆっくりどうぞ〜と言うフェルパにクレームを付ける客などいるはずもない。むしろダントツで客を悶絶させている。


「お待たせしました──」


 爽やかにキレよく配膳するのはフレッチャだ。長身の彼女がすると女性客すら虜にしてしまう。メイド服を着ていてもカッコいいのがフレッチャだ。


「はい、どぞ」


 そして可愛い格好をしていても愛想の足りないのがマイム。彼女が可愛さを出すのは主にアイシャとアイシャとアイシャに対して。その他はあまり彼女の興味を引くことはないようで、塩対応とまではいかずとも必要最低限というのはこのことかという接客だ。




「忙しいね、ママ」


 お茶を淹れ続けるルミももはや自分が何者かすら分からなくなってきている。魔力で色んな花を咲かせて茶葉も選び“ルミのオススメティーセット”を作り続けてすでに1時間は経過している。その魔力の酷使具合はとんだブラック労働環境だ。


 そしてママと呼ばれるアイシャだが、もちろん喫茶店だけでアイシャのお昼寝士としてのお披露目が出来るとは思っていない。そこはちゃんと考えている。


「まあ、実際原価割れしてる値段だからね。あれが売れないと完全に赤字だったけど、全くの杞憂だったよね」

「あ、あの──アイシャちゃん? わたくしはここで本当に良かったのでしょうか?」

「もちろんだよ。リコちゃんはそこで宣伝しておいてね」


 絶賛隣街から特例の避難でこの街に身を寄せている最中のリコですら店員としてここにいる。そして何故かリコだけはメイド服ではなく、モコモコ素材のパジャマに身を包み、アイシャがお昼寝士の技能で作ったベッドプラス布団セットの上でくつろいでいる。彼女の職場は今はそのセミダブルサイズのベッドの上だけで床に足をつけることすら禁止されている。


 そんなリコのスペースはロープで区切られていて、女性も男性もそのベッドとリコを眺めて買うやらなんやらと相談していたりする。


「美少女で街の有力者の娘が宣伝してくれればもうウッハウハよ」


 “私もなにか手伝いたいですわ”とやってきたリコに対して、そんな召使いみたいな仕事はさせられないから──と召使いどころか見世物にするアイシャは外道かもしれない。


 売り物はベッドひとつだけではない。安眠用に用意したオルゴールは好事家たちによりすでに用意した20個が完売して抱き枕もあとわずか。よく眠れるお供の“睡眠導入ぬいぐるみ(小)”も追加作成待ちという大成功を収めている。これらはベイルとマケリの判定による適正価格で決して安価ではない(原価は普通だが希少性と性能を勘案して付けられている)。


 それなのにこれだけ売れたのはアイシャの作ったベッドの上でくつろぐリコが抱き枕とぬいぐるみを抱いてその可愛いお尻の形に沈んだ布団がそもそも売り物であるからだろう。一点もののリコのお尻スタンプのついた高価なベッドを買ったのは中年の独身男性らしい。


「まあ、その買い手はしばらくはその布団に頬ずりするんだろうけど──問題はこっちだよね」


 フライパンをトントンして玉子を巻いていくアイシャが呆れてその視線を投げる先には2人の男性の姿がある。その2人とは──。


「女神様のベッド……我々の御身体として必ず持ち帰って見せます」

「アイシャのベッドは俺様がいただくっ」


 睨み合うエルフとグラディエーター。


「ふたつ造るのがめんどっちかったから、“天蓋付きベッド(中古・布団セットつき)”って出したのにまさかそれがこんなことになるなんて」


 中古。すなわちアイシャが毎晩どころかお昼寝のたびにだらしない寝相を披露し涎を垂らしていたベッドを狂気的に欲する2人とは、アイシャを女神と讃えるショブージと求婚をまだ諦めていないクレールの2人であった。


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