あなたはだんだん眠くなーる、みたいなあれ
「粗茶ですが──」
「ああ、先ほどからの香りはこれだったのか」
ルミは話の途中から花を創り出してせっせとお茶にしていた。カップに浮かぶ花弁は美しく小さな黄色いもので、一緒に飲んでも大丈夫よと前置きして差し出してみせた。
「ルミちゃん、これって」
ひとくち飲んでアイシャはその効能に気づき小声で問いかける。
「ママには効かないけどね──いま私の生み出したミモザは強い鎮静作用と少しの催眠作用もあるの」
小声で答えるルミ。
「ノームにも話は通したわよ? これである程度は誤魔化すよって」
先ほどまでのやり取りの中でアイシャが女神のように感じられた辺りからきちっと作用している。実際バラダーはアイシャの言葉に凶暴性を見せはしたものの、すぐにまた落ち着きを取り戻し追求の手は緩んだ。今はバラダーもエスプリも美味しくお茶をいただいているが、その事実はアイシャを底知れぬ不安に陥れている。
(物理攻撃でも魔法攻撃でもないこれは精神攻撃とでもいうの? 香りだけでもこんな風に出来ちゃうとか、ルミちゃん……)
「ん? もしかして“催眠”より“催淫”の方が良かった?」
「それは一生封印しといていいよ」
アイシャの影響をふんだんに受けている花の精霊は、もちろんアイシャの中の『彼女』の影響ももれなく受けている。アイシャの不安を帯びた視線に応えたルミの提案はその不安をより具体的に示して禁じ手とされたものの、同時に『彼女』をワクワクさせることとなった。
「──なんだか雑念が消えたかのような心持ちだ。花の精霊ルミよ、ありがとう」
「どういたしまして」
瞳のハイライトが少年漫画から少女漫画寄りになったようなバラダーに、アイシャは心の中で“消えたのは本当に雑念だけかな?”などと思い震える。
「さて。ではアイシャ、このノームたちなのだが」
「うん? この子たちがどうしたの?」
アイシャは分かっている。まだまだストレージに詰まっている中から意図的に出したノームの数は4体。それはつまりここにいない登録だけはしているものの精霊と繋がりを持てていない精霊術士4人と同数。当然バラダーたちの次の言葉は決まっている。
「局長とも話したけどやっぱりこの子たちを譲って欲しいのよ」
「そういうことだ。どうだ? お前も手放したくは無いのは分かっているがこの街の、ひいては国のために──対価もそれなりに出そう。だから」
バラダーが下手に出たこの時こそ強気に交渉に臨める。ここに至るまでアイシャにそんな考えなどは出てくるわけもなく、ルミとノームの計らいによって出てきたチャンスにアイシャももう一つの懸念を取っ払う事にした。
「わかった。そうね──お金とか地位とかそんなのは要らないの。その代わりにルミを認めて」
「花の精霊は当然こちらの管理簿に登録される。それはただの手続きで対価とはなり得ない。タダで受け取るわけにはいかないから何か要求はないのか?」
もはや関門はない。洞窟から連れてきたこの“コンビ”が大手を振って人間族の中に存在できるようになる。そう、コンビの片割れ──
「実は、この子も登録っての? して欲しいのよ」
ここまで大人しくしてくれていたアイシャのポケットの中の住人。黄色くほのかに光る身体を持ちアイシャ頭の上に這い上るトカゲ。薄暗い精霊術士ギルドの一角が少し明るくなるくらいの発光。
「それは、一体……」
よっこらしょと跨ったルミとの一体感。アイシャの頭頂で誇らしげに佇む“光るトカゲ”。エスプリの肩のノームともテーブルの上のノームたちとも違うフォルムのトカゲ。
「うーん……そういえば名前とか知らないや」
「ママ、名前は無いんだって」
ルミも名前を聞いてたりはしなかった。その必要がなかったからだ。
「じゃあ、タロウくんね。このタロウくんも登録して欲しいのよ」
アイシャの前世で『男の子ならタロウで女の子ならハナコ』などというおじいちゃんの安直なペットの名付けが呼び覚まされた結果のものだが、トカゲ自身喜んでいるようなので名前は決定らしい。
「アイシャ──ちなみにそのトカゲは精霊、なのか?」
言われてアイシャは考える。地龍の子どもは精霊なのか。
「ノームちゃんは分かる?」
エスプリは自身の精霊ノームに問いかける。するとエスプリのノームは肩から降りてアイシャの4体のノームと並び、揃って平伏した。見事にタロウくんに向けて並ぶ5本の太線。
「──おい、そのタロウくんは……何者だ?」
「ルミちゃん、ちょっとお茶淹れてくれる? 濃いぃ奴で」
「まっかせてっ!」
ルミのアイシャよりは豊かな胸をドンと叩き用意されたお茶によりこの後無事にタロウくんも登録され、精霊術士ギルドには新たに働ける精霊術士が増えてバラダーも多少曖昧な記憶とともに成果を手に王都に戻って万事上手くいったとさ。めでたしめでたし。