親子のような
「俺が聞いた話とはいささか──いや、かなーり、違うんだが」
ルミとは洞窟の“そば”で出会った。そして精霊と繋がりを持った経緯は話されていない。バラダーが受けた報告は主にベイルの頭髪問題を中心としたものだった。
「まあ、その辺はこう……割愛したっていうか」
「核心を省くのは割愛とは言わん」
「……てへ?」
いつものように実力行使に及ぼうかと思ったバラダーだが今回はその手が躊躇った。“地龍の権限を委譲された”ちんちくりん。それだけを取ればもしかしたら世界的にはバラダーよりも上位に立ったのかも知れないアイシャに果たしてそんな真似をして良いのか。目の前の精霊たちは本当にアイシャに従うしもべなのか。
「そんな権限なんて知らないけど──」
アイシャからすれば珍しい生き物を確保しただけにすぎない。そんなことで今さらこのオヤジに畏まられたりしてもこまる。
「間違いなく私はただのちんちくりんだよ」
他人からすれば亜神などというものと対等に話してふざけるアイシャはとんでもない存在となりつつあるのだが、アイシャ本人は結果としてそうなっただけにすぎず、それに付随してくる特別なステータスなどは周りがよそよそしくなってしまうだけのマイナスでしかない。
「お前がどう言おうとだな──」
「私はただの子ども、だよ」
ちょっと普通じゃないかも知れないけどさ、と苦笑いのアイシャ。
何か言いたげにするバラダーもその表情をゆるめ、「それならば」と微かな笑みを浮かべアイシャの目を見ながら顎にそっと手を添える。
見つめ合うようなふたり。髭ダンディなおじさまとA級(特定部位サイズ)少女のやり取りはエスプリには甘く禁断のそれのように映り、ルミはまたアホな主の前フリね、とその先の展開もおおむね想像通りだ。
「ひとり歩きする度に訳のわからん事を持ち帰ってくるお前を一度解剖して隅々まで観察させろっ! 人間よりは魔物みたいな特徴でもあるんじゃないかっ? おいっ」
「い、いだああああああいっ! 裸にひん剥いて頭の先から足の先まで観察させろとか、このヒゲまでとうとうロリコンになってしまったの⁉︎」
添えた手は頬を掴み上げる魔の手となりアイシャの口をタコみたいにして締め上げる。そんなアイシャの悪態は普通に聞き取れるものではないものの、バラダーにはしっかりと伝わってさらに締め上げられる。
まだ一人前とも認められていないような少女を相手にしたバラダーの振る舞いは、エスプリあたりからすれば2人の関係性がなんなのか訳が分からないものではあるが、それでも。
「局長ってそんな風にしたりするんですね」
「ん? あ、いや──」
エスプリが見る局長バラダーはいつも職務に忠実で忙殺され重くのしかかる責務にひとり立ち向かっているような戦士だ。彼女の書く“ユルい報告書”はそんな局長の日々の息抜きにでもなればとの思いも1割くらいは込められている。
そんな局長の“娘と戯れるかのような振る舞い”に安堵した彼女の言葉は、バラダーにしてみればその行いを見咎められたような気にもさせたが、エスプリの笑顔にそうではないと気づく。
(思えばこいつは訳のわからんことをしては来るが、それが迷惑になったことなどはない。むしろ俺たちの抱える問題や課題を解決さえしている。驚かされこそすれ、こいつはそう……俺たち人間族にとっての──)
「女神なのかもしれんな」
「うわ、何言ってんのこのヒゲ親父。ショブージが移った? キンタマとっちゃった?」
頬を掴み上げた手は滑らかにこめかみに移り、改めてアイシャをギリギリと締め上げた。