目標確認っ! ──撃てぇっ!
冬の寒空の下、お昼寝館には1人の客が訪れていた。
「粗茶ですが──」
ルミはそっと湯呑みを身体を使って押し出す。
「ああ、ありがとう……白湯じゃねえか」
「ひっ……」
「ああ、すまない。精霊に言ったんじゃない、どうせこのちんちくりんが指示したんだろ」
陶器の湯呑みはしっかりと熱いのに中身はただのお湯。来客をもてなすにはいささか用意が足りない。
「いきなりやってきても準備なんて出来ないもの」
「嘘つけ。お前のアイテムボックスのことは聞いている。大抵のものは入っていてその──鍋セット? だとかいうのまで出てくるそうじゃないか」
またしてもお昼寝館にアポ無しでやってきたのは精霊の報告を受けたバラダーだ。
「俺がただの一般人を何度も訪ねるなど普通ありえんからな」
「その傲慢な考えが予告なく人のところに現れて、出されたものにケチをつけるなんて不作法に表れているのね」
「そんな事を俺に言う命知らずもお前くらいのものだな」
この世界で人間族のギルドというのは国民の生活に密接して役所の様な事から職業斡旋、紹介、警察の様な取り締まりだって担っている。そこのトップともなると王族でさえ無碍に扱いはしない。
「まあ、だがそうだな。次からはアポくらいは取るようにしよう」
「そう願いたいものだよ」
「ただ精霊に会いに来ただけなのに丘の上から砲撃されてはかなわんからな」
「──ごめん」
バラダーがやってきたこの時はちょうどアイシャが「お城なら防衛設備も必要よね」と小型の竹筒花火もとい大砲をルミちゃんキャッスルの城壁に並べていたところで、階段を登ってくるバラダーを見つけて悪ふざけで砲撃したのだ。アイシャとルミ、そして黄色トカゲのトリオで。
いきなり飛んできた火の玉にギョッとしてバラダーは魔術障壁を展開し、なんとか受け止めてみせた。そのサイズはビー玉ほどであったが、手にしてもその形を崩す事なくある火の玉には確かな質量さえ感じた。そしてそれが雨あられと降ってきたのだ。口にはしないがこのお昼寝館への道自体は長閑で嫌いではないバラダー。それが突然火の雨に見舞われたのだ。一転して死地につっこむ突撃兵の如く駆け上がったバラダーは登り切った先でその敵の正体を目にしてしまった。
「バラダーさんの用事なんて分かりきってるし、この方が話がスムーズかと思って」
いつかのルミの言い分をここで使ったアイシャ。しかし過激さと悪ノリ具合は全くの別物。
「ああ、精霊とその騎獣は確かにそうだな。だがあの火の雨は違うよなぁ」
「いだっ、いだだだっ! 頭を掴むのはやめれ!」
「まったく──」
「粗茶ですが──」
「ありがとう。ああ、味がする。少し苦めだがこれはなんの茶葉だ?」
その役職柄、色んなお茶を口にしてきた。そのバラダーをもってして記憶にないそれは、今仕切り直しとばかりに出されたもので深い緑色をしておりその味も未知のものだ。
「お客さまは大変お目が高い。その茶葉は今しがた取り寄せましたそこのなんかの生垣のものです」
「ぐあっ、ただの葉っぱじゃねえかっ!」
「やめ! ちょっとした茶目っ気じゃない! だからアイアンクローはやめてっ!」
舌の上で転がしたバラダーは飲み込んではいない。アイシャの指示でルミがせっせと葉っぱをちぎってきた所からしっかりと見ていたが、精霊の機嫌を損ねるわけにいかないとその悪戯に付き合ったのだ。痛い目にあったのはアイシャ1人であったが。
「──まあ、とりあえず本題に入る。お前はつまらん前置きはいらんだろうからな」
「そうね。つまらんアイアンクローもいらないけど」
「余計な事をしなければ俺もそんなことせずに済むのだが」
「とかなんとか言って2人ともわりと楽しそうだったけどね」
はたから見ていたルミにはただ戯れあっているだけにしか見えなかった。