【番外編】世紀末救われたい人伝説
シャハルの街はその周囲を壁で囲まれており、街の範囲を示すとともに地上の外敵を防ぐ役割をしている。外との出入りは北門、北東門、東門の3ヶ所であり、そこから外に出たのであれば一切の安全の保証はない。
とはいえ門を出てすぐ、外壁の外側すぐが危険に満ちていては壁の内側の安全なども怪しくなる。なので街の安全を確保するためにも冒険者ギルドがその役目を担っている。
東門からほど近いこの洞窟も当然その対象であり普段より岩トカゲの駆除をメインにした業務をギルドの若手がしていたのだが、この日は様子が違った。
「どこにっ! どこにいるっ!」
何組かいた若手の冒険者パーティは、見かけたその“狂気の表情で荒れ狂う男”をオーガか何かと思い慌てて逃げてきたといいギルドに駆け込んで職員の対応に疑問を覚えたのちに大爆笑していた。
この洞窟は“グルウェルの洞窟”と呼ばれており、岩トカゲの目撃情報ばかりである。それがいつかのクレールによって未発見通路が報告されて地図が書き換えられたと同時に小型地龍であるところの岩大トカゲが出現したと言うのだから、一時は騒然としたものだ。
それまで見向きもしなかったベテランたちがこぞって訪れて一攫千金というよりは大量スキルポイントを狙って探索したのだが以降の発見報告はない。
「うおおっ!」
明らかに格の違うその一撃は無情にもひ弱な岩トカゲを潰したものの、
「こいつじゃあないっ! どこだっ、どこにいるっ!」
奪われた命に尊厳などはない。この鬼神の如き苛烈な男が求めるのは岩トカゲばかりのこの洞窟にあってこの岩トカゲではない。膨れ上がった筋肉には幾本もの血管が浮かび上がり地面につけた亀裂が見たものを畏怖させる。
そんな姿も目撃されギルドに報告されるが、目撃者の描いたイラストがやけに上手くて冒険者ギルドの見えるところに飾られて注意喚起を呼びかけることにした。内容としては「危険はありません」といったものだが。
「出てこいっ、ここにいるのは分かっているぞっ」
口角をこれでもかと上げた三日月みたいな口から荒い息を吐きながら恫喝するその声に物陰でいちゃついていたカップルは失神して善意のアホの子によって介抱された後にその正体を聞かされて今度は笑いすぎて過呼吸を起こしていた。
「あれ? ベイルさんもマケリさんもいないのですか?」
冒険者ギルドを訪れたフレッチャとサヤは卒業後にお世話になる事を見越して自分たちの成長の方針などでも相談しようと知り合いの2人を求めていたのだが。
「なにこれ。“頭に三本のツノと二本の尾羽を生やした鬼”の目撃情報? 脅威度特A──って最高ランク⁉︎ しかもあの洞窟じゃないか」
「でもフレッチャちゃん、ここ……“なお危険はない模様”だって。どういうことだろう」
「ふふ、それはね──」
たまたま通りかかった魔術士ギルドのエルマーナは2人にネタバラシをしてベイルたちが戻るのを待つことにした。もちろん笑いながらだ。
「うおおっ! なぜだっ! なぜ出てこないぃっ!」
頭に三本のツノと二本の尾羽を生やした鬼ことベイルは頭にしっかりと根を張った花たちをどうすれば安全に取り除く事が出来るかとルミに訊ねた際に
『岩トカゲの洞窟にたまに出る“緑の岩トカゲ”を“笑顔”で仕留めると抜けるよ』
などと思いつきの嘘を吹き込まれて一目散にここまできた。その速さたるや、マケリやアイシャには止めるタイミングすらなかった。
本当は根を張っているのは表面の浅いところだけ(それでも恐ろしいが)でルミが念じれば簡単に取れてしまう。はじめはベイルを追いかけて捕まえてちゃんと取ってやろうと思っていたアイシャたちだったが、恐ろしい笑顔で叫びながら徘徊する変なモヒカンが面白くてしばらく放置しようとなった。
涙目で走り去る冒険者、失神するカップル。やがて鬼神の笑顔に涙が煌めいた頃、洞窟の隅に見慣れぬ緑の岩トカゲを見つけ、周りの壁も地面も巻き込み巨大な斧が岩トカゲを粉砕してみせた。
その瞬間にハラリと落ちる三本の花と二本の三つ編み。ベイルは歓喜に打ち震え、またもや気持ちの悪い笑顔で啜り泣くような笑い声を上げていた。
アイシャがストレージから緑の岩トカゲの死体をバレないようにそっと置いてきて、ベイルが粉砕した後のルミの解除のタイミングにアイシャとマケリは「ナイス」と拳を打ち合わせてベイルの様子を引き続き見ていた。
「──花の、精霊はともかくとして……あいつらは……あとで、シメてやる」
モヒカンの呪いは解かれた。なのに狂気は失われていない。ゆらりと立ち上がったベイルの呟きに陰に隠れている2人は顔を見合わせて頷くとベイルが立ち去ったのを見届けてから花と三つ編みを回収したのちにテントを張ってほとぼりが冷めるまで、と洞窟に立て篭もった。
3日後、素知らぬ顔で出勤したマケリはきっちりとシメられてアイシャは街中逃げ回った挙句に裏切ったマケリに捕まりアイアンクローとお尻100叩きの刑に処された。
そしてこの年の冬休みが終わりを告げて短い3学期へと突入する。