鏡に映ったあなたは
「騎獣? 花の精霊の?」
「はいっ。いでよ、“光るトカゲ”!」
雑なネーミングはアホの子譲りな召喚の言葉。すると謎の光が一瞬ベイルとマケリの目を眩ませて、次に見た時にはルミは黄色く光るトカゲに乗ってドヤ顔を向けている。
花の精霊はどうにかなると考えるルミもミニチュアな岩大トカゲに関しては単体ではどうしようもなかった。そしてアイシャと2人で考え抜いた末の対策がこれだ。実に安直でアイシャたちらしい力技である。
「本当に光ってるわね」
物珍しそうに色んな角度から見るマケリは既に笑顔である。疑問や不信感よりも興味が勝った瞬間だ。腕組みのベイルはそれでもまだ真面目な顔を崩していない。
「花の……笑顔にする力……」
などと呟く自身が笑顔とは程遠いというのに。
ここで市民権を確実なものにしておきたい“みんなを笑顔にする花の精霊”ルミは、アイシャが未だに握り締める切られた髪の毛を取り上げて何やら編み出した。
「私の髪の毛……何してんの?」
事が終わればマケリを責め立てる材料として大事に取っていた髪の毛。
「“花の精霊”の沽券に関わる問題だからっ」
成り立てで“はぐれ”で自身ですらよく分かってもいないルミの沽券というのが何かは分からない。そんなルミの作業が終わる頃には3人ともそれが何なのかは分かったが、それで何を証明出来るのかは分からない。
「ルミちゃん、それでどうするのさ」
アイシャは自分でしたかったヘアアレンジが机の上の飾りになっても嬉しくはない。
「こう、するのよっ」
ルミの心の指示にトカゲがまたも謎の光を発して、アイシャも含めてみんなの目が眩む。
光はさっきより強く、打ち合わせもない目眩しからいち早く復帰したアイシャは
「ぷっ、うわ、っはっはっはっはっ、ひぃ、ひい〜」
ベイルを指差して腹を抱えて笑い出した。
やがて視界を取り戻したマケリも笑い声につられて横を向いて同様に笑い転げる。
「お、おい。なんだ一体。精霊さんよ、何をしたってんだ?」
ルミはアイシャに頼んでストレージからスタンドミラーを取り出してベイルに向けてやる。その顔は会心の笑顔である。
「お、おい──こいつぁ一体何の冗談だ」
鏡に映った姿に唖然としてベイルは自身の肩口にある2つの茶色い三つ編みを掴んで軽く引っ張る。
「いっ⁉︎ 痛っ……お、おいこれはまさか俺の皮膚から生えてんのかっ?」
「ご希望とあればこんな事も出来ますよっ」
ルミが指をパチンッと鳴らすとベイルのモヒカン頭に一輪の白百合が咲いてそのつぼみがゆっくりと天に向かいゆっくりと花を開いて見せた。
「やめっ、やめてっ、もうお腹が痛くって……ひい」
「あははベイルあんたイメチェンにも程があるわよっ、あはっ、ははは──」
女性2人の笑いは止まらない。ルミはこれでもか、という程の笑顔を変えない。
「ぐぬぬ……」
怒りと羞恥で真っ赤なベイルにルミは親指と中指をくっつけた手を構える。もちろん笑顔で。
「──笑顔、ね。なるほど、確かに“花の精霊”だな」
笑顔と指の圧でベイルを制して暫定ながらも市民権を獲得したルミ。ベイルも認めざるを得ない。モヒカンが圧力に屈した瞬間である。
まだ復帰出来ずにいる女性陣にベイルは
「笑顔、笑顔、笑顔で幸せだなあ、おい」
マケリとアイシャの頭を鷲掴みにして起こして2人に笑顔の圧力(物理)で頭をギリギリと締める。
「いだいっ! ごめ、ごめんなさいベイルっ!」
「あばばばば」
観念するマケリとアイシャ。
騒ぎはこのままいつもの通りのオチで収まるだろうというこの瞬間に響く指パッチンの音。
今度はモヒカンの両脇に2本のすずらんが現れた。またも花開いたそれはさながらツインテールの如くベイルを可愛く飾りつけた。
頭を締め付けられながらも爆笑しだした2人と鏡で確認して吠えたモヒカンの騒動は次のステージへと進み、やっと収まったのは数日後のことである。