恋するスノーレディ
「人間族に既に……それってどういうこと?」
「私たちは雪を降らせる事が出来るわ。まあ、そのためには気温を下げたり空に雪の素を作ったりしなきゃいけない大仕事なんだけどね」
“大仕事”という言葉のせいで何故かアイシャの頭の中には雪人の親方が『てめえらっ気を引き締めていくぞぉっ』と神輿の上に乗って踊っている光景が浮かんできた。
「雪人族のみんなで空に魔力を送り込むのは大変なのよ」
『そぉーれっ! そぉーれっ! そんなんじゃコートも着させられねえぞっ! 雪職人舐めてんのかっ!』
「魔力の行使は距離での減衰が伴うわ。それを空にまで届かせようっていうんだもの。みんなの気持ちと魔力が一致してないと」
『踊れ! 舞えっ! てめえら服なんて着てんじゃねえっ! 男ならふんどしよおっ! そのケツに気合い入れて天に届かせろぉっ!」
「私はそんなみんなの邪魔をしてたわ。雪は降らせない、人間族への攻撃なんてダメだって」
『あんたっ! そんなみっともないことやめちまいな!』
『か、かあちゃんっ⁉︎』
「そんな私の妨害に気づかれちゃってね。もう私は一族を追放されたの。私たち雪人族はお互いに冷やしあう輪の中でしか生きられない」
『てやんでえっ! 男にはやらなきゃならねえ時ってのがあんだ。女はすっこんでろっ! これが男の生き様よおっ!』
アイシャの頭の中の親方が天高く飛び立った。
『そ、そんな……気合いの入ったケツからの放屁で空に! 俺たちも親方に続くぞおっ!』
『おーっ!』
『ああっ、あんたっ! あんたぁーっ!』
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「もちろん」(キリッ)
「私ね、人間族の男の人に恋をしたんだ」
「恋を──」
親方の物語がテコ入れされてラブロマンスに変わろうとしたところをルミの視線によって打ち切りとなってしまった。
「そんなことでって変な話だけどさ。でもね、そんなことで人間族と戦争なんてのを止めてしまうくらいに、私は──」
ルミが見つめる先にある満月はそろそろ穴のふちに半分が隠れてしまっている。アイシャとルミがそれぞれにこの場にきた通路が真向かいにあって、その先がそのままそれぞれの領土ならあの月はちょうど両種族間を横切ったのかも知れない。
「あそこからなら簡単に人間族のあの人のところにも行けたのに。それでもダメよね、こんな冷たい生き物は気味悪いものね」
ルミもこの洞窟を通ってまで人間族に行く事は出来なかった。どちらの入り口にも結界は張られていて、それぞれの側しか通れなかった。アイシャが来たルートをルミが抜ける事は出来なかった。
「ルミさん──きっと親方なら受け入れてくれるよ」
「だれ? 親方って」
アイシャは額に冷や汗を感じながら「気のせい」とだけ言って誤魔化した。