小さな花たち
「ここは私とその子の秘密の場所なのよ。でも人間族でしょ? あなた。ということはその子が連れてきたのね」
着物の女の人は静かにアイシャに近づく。その一歩一歩がゆったりとしていて、なのに──
(──距離感がつかめない)
アイシャが視認して予測するスピードより遥かに速い。気づけばもう目の前にいる。
「私はルミ。初めまして姫百合さん」
「初めまして……私はアイシャよ」
しゃがんでアイシャの視線に合わせて挨拶するルミは、その水色の長い髪も薄い眉も水色の瞳もその肌の白さも、まるで生きていないかのようだとアイシャはそう印象を受けた。
「気味悪いかしら? でも私からしたらその体に熱を孕んでいる方が恐ろしいものよ。──ね。冷たいでしょう?」
ルミはアイシャの手を取り自身の頬を触らせる。
凍る直前の水のような冷たさ。手を離しても濡れたように指に、手にその冷たさを残していく。
「あっ──」
アイシャは自分の手の触れたルミの頬が軽い火傷のように赤くなっているのを見て言葉を詰まらせた。
「大丈夫よ。これくらいなら、ね。それほどに人間族や……いえ、私たち雪人族以外の温度というのは恐ろしいものなのよ。触れるだけで焼けてしまう」
ルミの手のひらもアイシャの手から伝わった熱がそうさせたのだろう、溶けて皮膚が爛れている。
「見た目ほどにひどくはないのよ。姫百合さん」
「その、姫百合って……私はアイシャっていうのよ」
「ふふ。知っているわ。さっき聞いたものね。でもあなたが咲かせたそれは間違いなく『谷間の姫百合』よ」
ルミはアイシャを見てすずらんを見て改めてその名前を使ってアイシャの事を呼んだ。
「ふぅん。花に詳しいんだね。私には全然分かんないや」
「私もよ。ただ私の能力のひとつに名前を見る力があるのよ。だからあなたがアイシャっていうのもその花が『谷間の姫百合』っていうのも今知ったわ」
「そういえばルミさんは『私が咲かせた』って言った?」
「ええ、そうよ」
すっと立ち上がったルミは月を指差して
「満月の夜にここに来ると、その人に呼応して花が咲くの。それを持ち帰り次の満月まで大事に育てるのが私の楽しみなのよ」
「じゃあ、これ持って帰る?」
ルミは首を振って否定する。
「それはあなたの花よ。あなたの性質を表した素敵なお花。私もそんな子を咲かせられたら良かったのに」
軽く微笑み口にするルミ。
「じゃあ次の満月まで待つのね」
「それは──無理、かな。私の命がもう保たないから。最後に素敵な女の子に出会えてよかったわ」
すずらんの花を愛おしく見るルミは儚げで今にも消えてしまいそうだった。