見える……私には見えるのです
季節は冬を迎える。昨年がそうであったように、今年もシャハルの街は雪がチラつくくらいには冷えている。聖堂で学ぶアイシャたちもそれぞれの建物に暖を取るための火の魔石が配備される。
「これが火の魔石ねぇ」
アイシャは部屋に備え付けられた魔石をまじまじと見つめる。備品であり、決して安価なものではないから職員以外が手に取るのは禁じられている。
「アイシャちゃん今度は魔石に興味があるの?」
そんなアイシャの挙動に、サヤはそのうち手にしてポケットにでもしまうのではないかと不安である。
水鉄砲からの一連のことは当事者以外には知らされていない。フェルパも秘密として受け止めていて魔術士ギルドのお世話になっているマイムもペラペラと言いふらしたりはしない。
「うん。魔石自体はどうにか手に入るけど、こういう何かをする魔石って誰が作ってるのかなって」
「そもそも魔石ってそんなにお手軽に手に入らないと思うんだけど」
この世界の魔物は素材として解体すれば、体内で蓄積され結晶化した魔石を手に入れる事もできなくは無いが、その場合スキルポイントは手に入らない。お手軽にポイント稼ぎして能力を高めたい人間族が魔物を狩れば必然として魔石は残らない。ポイントを諦め魔石を狙っても大体は親指ほどの物が手に入るだけで加工には不向きである。
では魔道具に加工される前の魔石はどうなのかというと、スキルポイントだのなんだのと無縁の者たちが流通させる。つまり魔族である。潜在的に敵対関係にあったとしても交流がないわけではない。人間族が欲しがるのであれば魔族側からすれば足元を見れる客である。それでも魔石に不自由していない自分たちからでは人間族にとっての価値は測りかねていて、結局は人間族の商人の芝居によりそこまで非現実的な金額にはならずにいる。
実際はもっとふっかけてもいけるはずだけど、その額で高く売りつけてやったと思う魔族と、どうにか流通させられるだけの金額に抑えられたと安堵する人間族のWIN-WINな取引によってこんな暖房器具が安くは無いが普及させることができている。
「そ、そうなんだ。魔石って手に入らないんだあなあ」
「アイシャちゃんはどこでそんな勘違いしたのよ」
棒読みアイシャに呆れるサヤ。アイシャにとっては割と手軽に手に入るものだとばかり思っていたのは事実。
森の中や洞窟でもそうだが、足元にたまに落ちている綺麗な石を拾って集めて数年。それが魔石だと知ったのはここ最近──つまりエルフのもとでアミュレットの作り方なんてのを見学していた時に、「これってあの綺麗な石ころじゃん」と気づいたからだ。
あの森で澱みは魔力が一箇所に溜まりすぎて発生したが、通常の魔物にもその“素”がある。魔物を狩って発散した魔力は大気の魔素に混ざりやがて凝縮されて塊になる。それが放置されてついには魔物化するのだが、凝縮された塊こそがアイシャが何の気無しに拾っていた綺麗な石で、魔石なのだ。
「私、幽霊が見えるらしいんだよね」
「やめてよ唐突に。それってインチキ臭さ半端ないよね。まあアイシャちゃんならそんな話をされて嘘でも教えられたのかな?」
サヤの中のアイシャの残念度合いもなかなかにひどい。
先日の弓の時にフレッチャの魔力の流れなんてのが見えたりしたこと、石ころが綺麗と思えるように光っているのが他の人には見えていないことをアイシャなりに連想して口にしてみたら思いのほかサヤは変な方向に納得してくれたみたいで、目論み通りにごまかせてアイシャは嬉しいやら悲しいやら複雑な気分になった。