行き詰まる弓とリボン
「アイシャ、今日は私の訓練に付き合ってはくれないか」
「フレッチャちゃんいきなりどうしたの?」
聖堂教育も休みの今日にフレッチャは朝の早くからアイシャを訪ねている。フレッチャは胸当てと革のズボンで弓矢を手にハツラツとした笑顔だ。
「いや、ね? ショブージから弓を教わってはいるのだが、やはりなかなか掴めなくてね。そしたらショブージが『女神様ならなにかいいアドバイスでもくださるかも』なんて言うものだから。あれだ、藁にもすがるってやつかな」
「ショブージくんはなぜか私への信頼が厚いからね」
「あれはもう崇拝の域に至っていると思うのだが、今回は私もそれにあやかろうと思ってね」
「あやかれはしないけど、まあいいよ。他ならぬフレッチャちゃんの頼みだもん」
「そうか。それは助かるよ。じゃあギルドへ行って申請してこよう」
国境近くのスィムバの森までともなると子どもが単独で出る事は許可されない。もちろん黙って行くことはできるが、やはり何かあっても自己責任で済ませられてしまう。まだ親の庇護下にあるフレッチャはきちんとそれに従って毎回ギルド員の付き添いのもとに森へと通っている。
「なあ、嬢ちゃん。この間からクレールが欠勤しているんだが、何か知らないか?」
「ううん。知らない。連絡とかはなかったの?」
「まあ、あいつの母親が来て家の都合とかで休みを申請してきたんだが、その母親の笑顔が印象深くてな」
「おうちのリフォームでもしてんじゃない?」
「なんだそりゃ。まあいい。今日は2人なんだな」
どうにか人間族がエルフの弓を習得出来ればと目論むベイルはフレッチャの送迎を買って出ている。ベイル自身そのついでで自分もエルフ相手に訓練出来ることが目的でもあるようだが。
「ショブージくんは元気にしているかなぁ」
「嬢ちゃん、ショブージはもう“くん”では無いかも知れんぞ」
「それって……」
「先週はとうとうスカートを履いていた」
「──そんなっ」
「そういえば教えてくれる時の手が小指だけ立っていたりもしたかな」
「フレッチャちゃんまで。私は知らないからね? あれは私は──」
馬車から見る景色にありし日のショブージくんが霞んで消えて、アイシャは黙祷を捧げた。
「女神様、私を勝手に殺さないでください」
「あれ? ショブージ……くん?」
「はい?」
「いや、元気そうで何よりだよ」
「はは、そうですか。そう言って貰えると嬉しいですね。さあ、どうぞこちらへ」
途中一泊ののち森にたどり着いた3人はショブージの案内でフレッチャの練習場へと移動する。
話し言葉も元に戻り、聞いていたような感じもないショブージに安堵しアイシャは先導するショブージについていく。
その線の細い背中を隠す彼の長髪に結ばれたピンクのリボンは見なかったことにして。