投げ、投げ、投げ
ググググ……っとアイシャは握られた手をそのままに宙に吊られる。
(いくら私が小さくて軽くても直立して腕を真っ直ぐにしたままに持ち上げられるものなの?)
持ち上げるだけなら筋力的には問題ないのかも知れない。魔力もある世界だ。それでも物理法則は存在して、腕も曲げず脚は肩幅に開いて真っ直ぐで前傾もしない。一体どれほどのチカラで、どこで支えているのか。
「ちょっと痛いんですけどー」
「俺の威圧にあてられてなんとも無いなど、そんな人間には未だ出会った事ないな」
「私って鈍感だから?」
「空とぼけるつもりか。鈍感なんてもので片付くわけなどなかろう。生物の本能に響かせる俺の威圧だ。この手に掴んでいてなお通じないとは」
「はあ……先輩もそうだけど、お父さんもだいぶ困ったさんだね」
「ぬうっ⁉︎ なんとっ!」
アイシャは反動をつけてクレール父の首に脚を絡めると、掴まれていたはずの手を軽くほどき、そのまま2回3回と目にも止まらぬ回転を加えて蟹バサミのまま地面に叩きつけてしまった。
「玄関が広くてよかったよ。まったく、なんで私はこの家の男衆を投げまくらなきゃならないのよ」
クレール父は広い玄関ホールに転がったままだ。
「まあ、これで心象最悪。訳のわかんない小娘はお断りコースね」
やりきったアイシャはもう用はないとばかりに出て行こうとする。あのクレールの父親がこれで終わるはずもないのに。
「まてぇいっ!」
「はあ、なんなの──っよっ⁉︎」
呼び止められて振り返ったアイシャ目掛けて振り下ろされる剣。サヤの言っていたグラディウスってやつだ。
間一髪でかわしたアイシャはクレール父のその目に狂気が宿るのを見た。止める気のない一撃はアイシャが避けたことで床を打ち抜いている。
「ちょっと、せっかくの綺麗な玄関の床が粉々じゃないの」
「今のをかわすか、小娘」
しかしそれも一瞬のこと。力試しを終えたとばかりにクレール父は落ち着きを取り戻しアイシャに一言だけ告げる。
「クレールとの結婚を認めざるを得ないな」
「いや、無理。あんなのお断りよ」
即答で拒否して外へと向かう。アイシャにとっては金を積まれてもいらないものだ。玄関のドアは開ける必要もなくさっきの衝撃で吹き飛んでいる。
「え? いや、それだと俺も困るのだが」
「私だって大いに困るのよ。今はサヤちゃんたちと楽しんでるんだから邪魔しないで」
スタスタと歩き去るアイシャ。茫然自失とするクレール父。
「それだと『強い娘が来てくれたのだから』って言って玄関を壊したのを許してもらう事も出来ないではないか……」
クレール父にとって妻はこの世の何よりも怖い。床を眺め、途方に暮れ、やがてクレール父はガムテープを持ってきた。
「──無理か」
その後戻ってきた息子2人と日曜大工に励むクレール父の姿が見られた。