挫折の越え方
「まさかこのお布団が“女の子ホイホイ”だとは思わなかったよ」
『彼女』でさえその対象を“女の子だけ”と限定はしていなかったのにアイシャはもうダメなのかも知れない。
「とはいえ今さらこの世界のお布団には戻れないし……まあ、いっか!」
「何がもういいの?」
「どわあっ⁉︎ マ、マイムちゃんっ?」
「そうなんだ。リコちゃんとも……相変わらず手が早い」
「いや、まあ否定出来ないのがつらい」
「お昼寝士の技能にそんな効果があったなんて」
「言いながらちゃっかり布団の中ってどういうこと」
「アイシャちゃんもおいで」
「私は今は自重しとくよ。マイムちゃんは何か用事があってきたんじゃないの?」
「あたしは用事がなくてもくるよ。アイシャちゃんに会いたいもの」
「はいはい。本当は?」
アイシャのあしらい方にぷくーっと頬を膨らませてみせたマイムだが、それもちょっとのこと。アイシャを見つめて、静かに息を吐くとポツリと呟く。
「──ゴブリンが倒せない。そんな私は役に立つのかなって」
それはアイシャも懸念していたこと。
「あの時の、なんだね」
「うん」
マイムはゴブリン戦以来その自信を喪失している。それは傍目にも分かるし、マイムがベイルにこぼしていたのをアイシャも聞いている。
「マイムちゃんの得意なのって水の魔術だよね」
「そう。夏のプール造りは今年は私も参加したもの」
「そうだったんだ。マイムちゃんに初めて会った時もそうだったもんね」
「たぷんたぷんアイシャもずいぶん痩せた」
「それはマイムちゃんのせいでしょ」
少しの談笑を交わしながらアイシャはやってしまったことに気づいてどうしようかと心の中で緊急会議を開いている。
(フェルパちゃんの水鉄砲を使ったらマイムちゃんはもう立ち直れないかもしれない。私がこの子にトドメを刺してしまうの?こんなに親身になって聞いているのはフリで私が……)
「マイムちゃん! 強く、強くなろう!」
「え? うん。強くなりたいんだけど、どうしたらいいのか」
「まっかせて!」
マイムの瞳に、無い胸を張りどんっと叩くアイシャがこの時は頼もしく映った。
マイムの脚を掴むアイシャの顔とマイムの顔が近づいては離れる。届かない距離がもどかしい。マイムを見つめるアイシャの瞳は真剣そのもの。その唇に触れたい。
数をひとつずつ積み上げて行くほどにそれは難しくなる。ああ、離れていく。届かない、たどり着けない、近づいたかと思えば自ら距離を置くもどかしさ。
息がかかる。熱く湿り気をおびたマイムの吐息。短く吐き出される情熱の呼吸。赤く染まる頬、苦しげな表情。それでも求める未来のその姿を夢見て、マイムは繰り返す。
「もうダメ──」
「諦めないで、私がそばにいるから」
マイムはその言葉に勇気付けられて粘る。あと少し、もう少しアイシャを近くに感じたい。絡み合う視線、伝わる体温。マイムはこんなにもどかしい気持ちは初めてだ。
自分の無力さをまたも痛感する。近くて遠い距離を埋めるのはアイシャが口にするその数だろう。いつか、届くために。積み上げていく回数。
「29! 30! 31! ……」
「はあっ、ふうっ、んんっ!」
「40! やったね、新記録だよ、マイムちゃん!」
「はあ、はぁ……あたし、頑張った。もっと褒めて」
「うん、えらいえらい! はじめは10回でへばってたもんね。どう? 腹筋もなかなかいいもんでしょ」
「いいのかは分からない……ううん。アイシャちゃんがそばに感じられたしいいかも。見て、6つに割れたあたしのお腹」
「さすがに割れてないけど、少ししまったね。ほらこの辺りとか」
「アイシャちゃんの触りかたやらしい……」
「えっ? そ、そんなことないよ!」
「ううん。もっと、もっと触って。ほら、こことかも」
「あわわ、きゅ、休憩したらもうワンセットだから!」
「うん、だから“お休憩”」
魔力も体力みたいなもんでしょっていうアイシャの提案でここのところなぜか走り込みや筋トレをするマイムが目撃されるようになり、ダイエットに励んでいるなどと噂される2人だった。