あたおかアイシャ
「そもそもさ、その“亜神”ってのは何なの?」
「あなた馬車の中で何を……いえ、そういえばあの中には居なかったですわね」
アイシャは幌の上で気持ちよく寝ていた記憶しかない。そもそも寝ていたから記憶ですらないが。
「亜神様は魔物でありながら長き時を生きてその身に膨大な魔力を蓄え、さらに人の言葉を解するような知性を持った者ですわ。その域に達した魔物の記録は国の書庫にすら殆どないらしいですの。数少ない対話の機会に得られた情報しかありませんの。そして亜神に至る最低条件がそれで、亜神になればわたくしたち地上に生きる者を天より俯瞰して観察するような事さえ可能とする。まさにそれは神にも匹敵するとは思いませんこと?」
その説明にアイシャは「天より……?」と呟く。
「あの人面犬め! そんな事出来るとか言ってなかったくせに! 今度会ったら文句言ってやるっ!」
「アイシャちゃん?」
「──はっ! いや、そうだね。それは神様的だね」
「その亜神様と対等に会話するアイシャちゃんは何者?」
「んーん? お昼寝士、かな?」
今のところ聖堂教育に通う子どもであり、適性がお昼寝士以外の自己紹介を持たないはずだと、口にするがリコは止まらない。
「じゃあこれはご存知かしら? “亜神と繋がれば必然とその他の亜神にも観察される”。アイシャちゃんはもしかして他にも亜神様と繋がりがあるのでは?」
「知らないよ。何も知らないよ」
(あのデカ狐も絶対それだわ。じゃあ今頃は人面犬とデカ狐で私のことを面白おかしく……)
カチャン、バーンっとアイシャは窓を開けて「お前ら覚えとけよーっ!」と大声で空に向かって叫んだ。
「ど、どうしたのかしらアイシャちゃん?」
「何でもないよ。おかげでスッキリした」
それからもリコの追求はあったが、そもそもアイシャに答えられることなどそんなにない。本当のところは言えないし、知らない情報が出てきてもわからないとしか言いようがないのだ。
「はあ、じゃあアイシャちゃんはわたくしたちの敵に回ることはないのかしら?」
「もちろんだよ。私はいつまでも人間だし、みんなが好きだからね」
アイシャはあっけらかんと言い放つが、リコからすれば神様なんていう途方もない者に近づける機会を否定するなんて考えられない。けれど馬車の中で聞いていたアイシャ像そのままであるこの対話に安心もした。
「アイシャちゃんて本当に聞いていた通りね。それでずっと気になっていたのだけれど、このベッドがそうなのね。すごい手の込んだつくり……このお布団もふかふかで。ちょっと座ってみてもいい?」
「いいよ。どうせこれからお昼寝するつもりだし」
アイシャ的には寝たらどうせいくらか乱れる布団。自分が寝る前にその形が崩れたところで気にはしない。
「ふわぁ、何このふかふか。すっごい。布団がすごいの? ベッドがすごいの? うわあ柔らかいよおお」
「り、リコさん? リコ? 大丈夫?」
キャラが崩壊し始めたリコにアイシャも戸惑いを隠せない。
アイシャは『彼女』の本領がそこにあることをまだ気づいていなかった。