パジャマ姿のアイシャ
一緒につるんでいるとはいえ、それは子ども同士の仲良しこよしであり、女の子の、しかも上級生と喧嘩など、ほかの3人の子どもはやるつもりはないみたいだ。
ただそのアルスというリーダー格の子だけが手に木切れを持ってやる気満々といった風だ。子どもの手には十分な太さの枝は、ここで手に入る武器としてはしっかりしていてリーチも長い。よもや寝てばかりの女子に負けることもないと踏んでか、アルスは構えもせずにずんずんと近づく。
対するアイシャは待ちの一択。脚を広げ右脚を後ろ、左手は開いて腰の高さにし右手は軽く握り胸の高さで構える。一字構えという奴だ。
アイシャが構えた途端にアルスはその木切れで殴りかかる。最高学年にいる兄がここで強者として知られていようと、この弟くんはまだ入りたてピッカピカの一年生であるはずだが、真上から真っ直ぐに振り下ろした動きは、なかなかどうして強い踏み込みの打ち込みである。
だが、どんなに適性として強いといっても、まだギルドカードを手にしたばかりの子どもだ。手にした技能もステータスの数もまだ知れており、相手が非戦闘職の寝坊助だと舐めてかかったような太刀筋は馬鹿正直すぎる。半歩よこにズレただけのアイシャは木切れを躱してアルスの腕を引き込み地べたに倒してみせた。
慌てて立ち上がったアルスはまたしても力任せに木切れを振り下ろすが、今度はアイシャに合わせられたハイキックが木切れを粉砕しながらアルスの後方へと飛ばす。
アルスの手に残る痺れは兄と稽古した時の比ではない。愚かな子どもにだってそれは分かる。起き上がりからすぐに振り下ろした攻撃を、迎えうったアイシャの脚が遥か高い位置で受け止めたばかりか、力負けまでしたのだ。上級生というのは、ギルドカードが与えるチカラとはこれほどのものかと、アルスははじめて目の当たりにした。
「まだやるなら次の棒を持ってきたら?」
涼しい顔をしてアイシャはそう言うものの、アルスの顔からすでに戦意が失われているのは瞭然である。
結局この日はすごすごと帰っていく子どもたちを見送り、アイシャは特別何を思うこともなく大事なお昼寝の続きに勤しんだ。
余談だがフンまみれの服は脱ぎ去って寝間着に着替えて午後を過ごしたアイシャは、そのままの恰好で家に帰り着き、母親からの服はどうしたのかという質問には「汚れたから洗濯して聖堂教室に干してきた」と答えた。それは本当でお昼寝館に干したまま乾かないので寝間着なのだ。
「──じゃあその服は?」
母の問いにアイシャは少しつまるが「……友だちに借りた」と言ってその場を凌いだ。ちなみにその寝間着はこの世界には奇抜すぎるキツネをモチーフにした着ぐるみパジャマで綺麗な銀の毛並みは森の狐のものと同じであった。
お昼寝術の中級になって手に入れたスキルで手持ちの素材から作ったパジャマは出来上がりがまさかのデフォルメデザインだったがフンまみれで親に心配掛けるよりはいいだろうとの判断だった。
翌日は替えの服を着て聖堂教室に参加する。そしてお昼休みのお昼寝タイムには割とアリなんじゃないかと着替えた着ぐるみパジャマで寝ていたわけだが、そこにアルスが見知らぬ上級生を連れてきた。
「お前が例のお昼寝士のアイシャか。昨日は俺の弟をよくもいじめて……」
アルスが連れてきたのはアイシャよりも歳上の兄で、ベッドのそばに立ち挨拶も無しに話しかけたが、寝ているアイシャからの返事は無くすやすやとした寝息が聞こえるばかり。
アルスの兄はハナから“無視されている”と一瞬でキレた。弟よりもずっと低い沸点には彼の家庭環境が関係しているが、今まさにその敵意を向けられているアイシャには知ったことではない。
当然アルスたちの訪問にも、向けられた敵意の大きさにも“寝ずの番”はしっかりと応えてくれている。
瞬間的に沸騰した頭で後先考えずに持ってきていた木刀を振り上げたところで、彼は気づけば宙を舞っていた。
アイシャにとって頭に血の昇った子どもをあやすくらいは簡単である。冷静さを失って振り上げる自分の腕の動きで相手を一瞬、視界から隠してしまった瞬間には、滑るように起きたアイシャに懐に入り込まれ背負い投げの要領で東屋の屋根に打ち上げられたのだ。
「──寝ている女の子に不意打ちとか。何考えてんのさ」
何がどうなって……と、いま自分の身に起きたことが信じられず放心するアルスの兄は、しかし屋根の上から見下ろした先にいる自分を投げ飛ばしたであろう銀ぎつね着ぐるみパジャマ姿の女の子に見惚れていた。
銀色の毛。とはいえ鉄板やワイヤーや絵の具塗料みたいなギラギラしたものじゃないですよ?
むしろ光る白色というのか……上品さのある銀色ですかね。
美し可愛いのです。