判断の正しさと大鬼の行方
「アイシャちゃん! アイシャちゃんはどこっ!」
「サヤちゃーん、ここだよぉ」
「アイシャちゃん! 無事でよかったあっ」
横倒しになって砕けた荷台の幌の下から手だけを出して返事するアイシャ。どうやら外の戦いも終わったみたいだ。
「嬢ちゃんは何でこんなところにいるんだ?」
ベイルも血まみれの斧を担いで幌の下を覗く。
「なんかでっかいのが跳んできたからぬいぐるみを囮にして隠れてたんだよ」
「どこか怪我してない? 大丈夫?」
「ありがとう、サヤちゃん。私は大丈夫だよ。死ぬかと思ったけどね」
アイシャは身体中に土をこすりつけて、必死に逃げた感を演出している。
「フレッチャちゃんもありがとう!」
「うん? なにかしたっけ?」
「ふふ。みんなありがとうって事で」
「まあ、全員無事で良かった。良かったが、せめて俺たちを呼んでから行くべきだったな」
ベイルはみんなの無事を喜び、しかしその行動は咎める。
「けれどアイシャちゃんが行かなければ助からない命もあった」
「ベイルさん、ごめんなさい」
「アイシャちゃんが謝る事はないと思うのです」
マイムは人命を優先したアイシャの特攻を危ないと思ったが間違いではないと主張し、カチュワもそれに賛同している。
アイシャが素直に謝ったことに1番驚いたのはベイルだ。こういう時に食ってかかるタイプだとばかり思っていた。
「ベイルさんももしかしたらマイムちゃんたちみたいに思ってるかも知れない。けど私たちだけで立ち向かっても被害が増えただけかも。もしかしたら私も死んでいて、みんなも無事じゃなかったかも。結果は良くても正しくはなかったと思うんだ」
「嬢ちゃん……」
場合によっては怒鳴りつけることも必要かと思っていただけにベイルはアイシャの反応に素直に感心している。
「実際、もうパンツもぐちゃぐちょだし。馬車の下に隠れられて良かったよ」
「本当に濡れてる。あたしのせい? あたしと楽しんだせい?」
「マイムちゃん、それは未遂に終わったよね? ね?」
「2人ともその話ちょっと聞きたいかなぁ」
「おお、サヤがなんか怖いな」
「わたしも何のことか知りたい、かな」
「かあーっ、結局締まらねえな。まあ、なんだ。無事で良かった! 馬車も来たことだし森に戻るぞ」
アイシャたちを助けにきたのはベイルと他数名のギルド職員。遅れて馬車を用意した部隊にはクレールの姿も見えるが、活躍の場などない事に気付いたのか、悔しそうな寂しそうな顔を下に向けている。
「ベイルさん、行くのはもう少し待ちませんか?」
「あん? フレッチャ、何かあんのか?」
「いえ、あの大きな小鬼の姿が見えなくて。アイシャを襲ったあいつがさっきからどこにも」
「大きな小鬼? なんでえそれは」
「あいつなら私を見失ってそのまま走り去って行ったよ。きっと北の果てまで」
「大きな小鬼ってなんだ?」
「しかしそれではいつどこで出会うか」
「大きな小鬼って───」
「きっともう出会わないよ。あいつ別れ際に『俺、この戦争が終わったら彼女に結婚を申し込むんだ』とか言ってたからね」
「なんだそりゃ。だが大きな──」
「それでもまだ油断はできないだろう。ここはもう少し警戒して、むしろ馬車には全員は乗らずにいたほうが」
真剣に提案するフレッチャと大鬼の存在を知らせたくないアイシャで話は進まない。
「そろそろちゃんと聞かせろや、なあ?」
「ごめんなさい」
「すみません、緊張が解けてなくて」
アイシャとフレッチャは仲良く頭にたんこぶをこしらえてごめんなさいをした。