赤い銀の獣と赤い鬼
顔面に“しっぽ特殊警棒”を叩き込んだアイシャはのけぞる大鬼の胸と鎖骨に足を乗せたまま、左手は顔面を抑えて右の鉄棒を思いっきり大鬼の顎にぶち込む。
その一撃で顎が砕けた大鬼も何もやられっぱなしではない。当然ガードとアイシャを捕まえるか殴るかで腕を伸ばすがひらりとかわされて逃げられる。
「ガァァ……」
間髪入れずに攻めてきたアイシャを長い脚で牽制し、そのまま逆の脚と入れ替えるように蹴り飛ばす。
本来なら間違いなく入ったと確信する一撃だが、なぜか少女の姿をしていた化け物には通じない。魔力が通った手応えが全くなく、蹴ったその感触も滑るようにして威力が逃げていったかのような不思議な感覚。
現にあの化け物のような小娘は転がりはしたものの全く痛がってもいない。
(とんでもない蹴りね。このパジャマの性能試験には理想的だけど絶対生身では受けたくないわ)
化け物改めアイシャは大鬼相手にも通用するパジャマの性能に驚きもしたがリーチの差から攻めあぐねているのも事実。どうにかならないかと思案する。
近づき牽制され、蹴飛ばされまた繰り返す。
大鬼の顔からは血が噴き出ている。右眼はすでに潰れているのに狙いを違えないのはその戦闘のセンスゆえだろうか。
(このまま時間稼ぎしてれば倒せる? いや、その前に向こうは回復するでしょうね)
魔物の傷や出血などはアイシャたち人間や動物のそれとは違い、見た目ほどの深刻さではない。たいていは周囲の魔素と呼ばれるものを取り込めば治ってしまう程度のものだ。
しかしアイシャは知らないが大鬼の受けたダメージはそれくらいでは治せず、大鬼自身それが分かっている。
取り込まねば。目の前の化け物を喰らって。そうでないと癒えることなく死に絶えるだろう。それならば──
大鬼はさらに激しく出血させた。右手を手刀の形にして心臓に突き刺して。
噴き出す血は決して外に撒き散らされず魔力を伴い大鬼をコーティングしていく。
「──本当に赤鬼になっちゃった」
真っ赤な大鬼と小さな人面の銀色の獣が対峙する。
大鬼が距離を詰めて握った両腕を上からアイシャに叩きつける。大鬼の一撃は鉄棒をクロスさせてガードしたアイシャを押し込んで地面に腰まで埋めてしまった。
アイシャは腰をひねるが抜け出せそうにない。
「ちょ、ちょっとタイム……だめ?」
大鬼のサッカーボールキックがアイシャの鳩尾に食い込みアイシャは昼のパンと唐揚げを吐き出してしまう。
「──今度からはもう少しきちんと噛んで食べるよ」
そんな後悔をするアイシャに大鬼は油断なく脚を振り上げていた。