星空の彼方では
(なんかいる)
アイシャは目を閉じているがその顔にかかる生暖かい風に生き物が目の前すぐ近くにいて顔を覗いていることに気づく。
(あの3人は……バラダーさんあたりかな? もしかしたら私が本当に寝てるのかとか言って確認しに来そう。そうね、絶対にあの髭だわ、これ。だったらぶん殴ってやるんだから)
アイシャは薄く目を開けた時点でもうそのシルエットが人間じゃないと知ると再び寝たふりしてやり過ごそうと考えた。
『何をしておる。面倒だからさっさと“帳”を発動せい』
「しゃべった?」
『はよ、はよぅせい』
「はいはい」
その“帳”がアイシャのプラネタリウムであるのは目の前の人外から寄せられる波長で知らされ自然とアイシャもそれに応じる。
任意の範囲を夜空に閉じ込めるプラネタリウムはその中と外を五感で分断する。中から外が見えないように外からも見えなくなる。だが見えなくなるし聞こえも匂いもしないが、出入り自体は自由だ。
『そうそう。使えるんだねぇ。使えるんだねぇ』
アイシャは改めて目の前の巨大な狐に意識を向ける。害はない。今は。
『──あの人間ども。面倒な。ふむ、これでよい』
「何かしたの?」
『意識を少し、の。さて何故に我が姿を見せたか分かっておろう?』
「さっぱりよ」
『またまたぁ。あの人間に我らの威を以って脅しかけたくせに』
「脅し?」
『シラを──というわけでもないか。まさか知らずに口にしておったのか。知らずに騙っておったのか』
「さっぱりだよ。はっきり言ってよね」
訳の分からない問いかけにアイシャは少しイラついている。
『ほほ、我に対してのその態度。よほど2度目の死を迎えたいと見える』
狐がひと睨みすればアイシャの脳内で“寝ずの番”がこれでもかと警報を鳴らし、アイシャは顔から血の気が失せるのを感じた。
『──冗談よ。まあ、嘘も虚言も好きにすればよいが、それがたまたま我らのことであったか』
狐は闇の星々を見渡し
『この無数の光は我らが世界と通じておる。時折こうして覗き見もする。語りかければ応えもする。あの時我らの全てが見ていたのを知らなんだか』
「あっ」
狐の言葉に思い当たるところがあるアイシャはつい声を漏らしてしまう。
『やっと気づいたか。この“帳”は我らが領域。使えるのであれば制限もせんが、時折我らも様子を覗くのは知っておくが良い』
「時折──」
『あの裸の娘と何をしておったのやら』
「あっあーっ!」
アイシャはこのプラネタリウムを最初にフェルパと寝るのに使っている。普段は1人だがあの時は──
「み、見たの? ねえ、見たのね!」
『甘酸っぱい匂いまで分かるようなほどにの。とはいえ求愛行動など犬も猿もしておる。恥ずかしがることなどない。本能のままにすればよかろう』
「あっ、あっ、犬なんかと一緒にす、するなぁっ」
『やかましいのぅ。溜まりに溜まった魔力をさらっていきおって。まあそれはもうお主のもの。好きに使えい』
アイシャの羞恥の叫びを耳障りと言わんばかりに顔を顰める狐。
「そう言ってまた見るのね」
『便利じゃろ? 我らに見られるのは見守られるのと同義。お主に悪意のないことは分かったからのう。我らは見守るとしよう』
「ぐぬぬ」
『便利さと羞恥の天秤が面白い傾きをしておるぞ。気にするな。どうせ使いたくなる。この星々が我らだと知ったならばそれはさらに神秘的であろう。望むなら子も授けようぞ』
「そそ、そんなんじゃないやい! おやすみするだけのことで!」
『はて、人間は寝るのに服を脱いで抱き合う習慣があったかの? あまつさえ──』
「やめろっ! それ以上は言うなぁっ!」
アイシャは狐の口を無理矢理に閉じさせようと抱きついて見るがびくともしない。アイシャの本気が通じない相手は初めてだが、それでも抵抗したいくらいには胸のドキドキが止まらない。
『──本当に退屈せんやつよ。“帳”を解けばあやつらも意識を取り戻し銀の狐がお主を訪ねるであろう』
「好き勝手言ってこのまま終わらせるつもり」
『そう。我らは好き勝手に振る舞うもの。けど、そうじゃな。お主のことは“好き”でも“勝手”にはせんでおこうかの──』