パジャマの余り材料の使い道
岩大トカゲの口のその鋭利な歯の隙間からは血が垂れている。ひと噛みごとに骨が砕けて、肉が潰れる嫌な音がする。
飲み込んだ岩大トカゲは今度は横に向かって飛び上がり再び肉を捕らえた。
ストレージから毛皮を失ったなま肉が取り出される。
それがアイシャの手によって弧を描き、そこに岩大トカゲが飛びつく。
ぐっちゃぐっちゃと口を開けて咀嚼する音は聞いていて気持ちのいいものではないが、それが仲間の誰のものでもないのなら、という安心感をみんなに与えたのは間違いない。
「何やってんの」
「うん? あんなに必死になって追いかけ回すならお腹減ってんだろうなって」
「はっは。それもそうだね。アイシャは時折頭が良くないのか悪いのか分からなくなるね」
「フレッチャちゃん、それだと私どっちにしろ頭悪いよね? ね?」
さり気ないフレッチャの言葉に生肉片手に詰め寄るアイシャ。
「アイシャ、これは一体」
「ん? 餌付け、かな? クレール先輩もいる?」
そう言ってアイシャはクレールになま肉をパスする。
アイシャはひとつずつストレージから出して投げている。今この場にあるなま肉はクレールの手にあるものだけ。
「お、おい⁉︎ あいつこっち来るぞ!」
「そんなっ、逃げて! 先輩!」
「お、おう?」
アイシャの迫真の叫びにクレールはアメフト選手のようになま肉を抱えて奥へと走り、岩大トカゲとともに消えてしまった。
「クレール先輩、身を挺して私たちを助けてくれたのか」
「フレッチャちゃんにはそう見えたんだね。じゃあそれでいいか」
「クレール先輩。あなたの尊い犠牲は無駄にはしません」
フレッチャが勘違いしてサヤが薄情でアイシャはどうあっても亡き者にしたいらしい。
「そうそう、カチュワちゃんはなんでこんなところでアレに追いかけられていたの?」
サヤの友達のカチュワは、ここへはどうやら1人で来ていたようだ。これまでの様子からは誰かとはぐれたという感じではない。
「カチュワは北門が出られなかったのでここで魔物からポイントを集めようと思って来たのです。そしたらいつの間にか後ろにアイツがいたのです」
「そうなんだ。ん? アイシャちゃんどうかしたの?」
「え? あー、そういう話を昔に聞いたなって」
「へぇー、どんな?」
「私たちは前を照らして真っ直ぐにきたでしょ? でも実は後ろに横道みたいなのがあってそこから狙われるとか」
「なるほどね。確かに分かれ道が死角にあったならば頷けるね」
アイシャの話にフレッチャがそう感想を述べる。
「だからさ、その場合こういうこともあるんだろうね」
フレッチャに手振りで“構えて”と指示するアイシャが見つめる先はこれから帰ろうと思っていた出口の方。
洞窟の奥へと走り去ったはずのクレールと岩大トカゲがまさにその出口方面から駆けてきていた。
「あ、アイシャ⁉︎ そうか、俺を先回りしてまってて……分かった、君の、その愛は! 俺がぁおうふっ!」
朝に受けて以来のアイシャの投げがクレールを再び宙に飛ばす。なま肉を握りしめたまま空を舞うクレールから溢れたのはよだれか涙か。
飛んだなま肉目掛けてジャンプした岩大トカゲは、普段は見せることのない柔らかそうなお腹をアイシャたちに晒している。
「フレッチャちゃん!」
「ああっ、貫通矢!」
「私も! 風斬り!」
「くらええっ!」
フレッチャの矢が岩大トカゲの腹に穴を穿ち、サヤのとっておきの飛ぶ斬撃が胸に大きく溝をつくり、アイシャの投げたなま肉がクレールの顔面を打ちつけて、岩大トカゲはその生涯に幕を下ろした。