大口を開けて迫る岩
「た、た、助けてくださいなのですぅ〜」
「おや、媚びる声がする」
「アイシャちゃん、喋り方は人それぞれだよ……」
揺れる火の玉の方から聞こえた助けを求める声からしてどうやら女の子が向かってきているようだ。
「あれはカチュワちゃん?」
「あー、たしかに。しかしなぜ」
「知り合い?」
「おしゃべりは後だ。何か──ついてきているぞ」
クレールの言ったそれは正確ではない。カチュワという女の子は追われているのだ。松明という目印を振り回して懸命に走る姿はコミカルでいいが、人間はそうして灯りを手にして暗がりを歩くということを知る魔物からの目印ともなる。
「あれは“岩大トカゲ”か!」
「いわお?」
「誰だそれは。違う、岩、大トカゲだ。岩トカゲと似てはいるがその硬さは岩トカゲの比ではない! あれは──」
「ロリコン静かに。フレッチャちゃん、いける?」
「ああ、やってみる」
ダガーから弓に持ち替えたフレッチャ。キリキリと音を立てて引き絞った弓がカチュワの後ろを狙う。
「“貫通矢”っ」
岩トカゲに試せば外殻を貫いてダメージを与えられた弓術士の技能。だがそれは岩大トカゲの頬に当たって弾かれた。
「カチュワちゃん! こっち!」
「ふえ? サヤちゃんなのです! でもっ、でも──」
「クレール先輩が仕留めるから!」
「なん⁉︎」
「出来るよね、先輩なら」
「ぐぬぅっ、やってやるさ!」
アイシャの勝手な言葉に反論しようとしたが、手を合わせておねだりするようなポーズに簡単に乗せられる。
「チェストオオッ! うおお!」
体高ですでにクレールと同等の岩大トカゲは、その質量、筋肉量で言えば止められるはずもない。
しかしクレールはアイシャから遠ざけるような位置でたちはだかり勢いづいたその進路を逸らすことに成功し壁にぶつけてその動きを止めた。
「クレール先輩、あなたの事は忘れない。あの世で会いましょう」
「まだ、生きてる! 全身が痛くて苦しいが生きているから!」
「くそっ! まだ生きているとは。なんてしぶとい!」
「アイシャちゃんそれはどっちに言ってるのかもう分からないよ」
「うわわ、起き上がったのです!」
結構な勢いでぶつかったはずの岩大トカゲはそれでも大したダメージもないようで倒れたわけでなくただ驚き目をぱちくりさせていただけだ。
「さっきどうにか出来ればと思って掴んだが外殻はとても無理だろう。だが岩のような鱗の隙間であればもしかしたら」
「動く相手のそんなところを狙い撃ちなど出来ないぞ」
考える時間は余り無さそうだと5人はそれぞれに考えを巡らし相談する。
「俺が……受け止める。その隙に撃ち込め」
「私も剣でやってみる」
「先輩は耐えられるのですか?」
「やるしか、ないだろう。俺はお前たちの先輩だからな」
向き直ったトカゲがその気持ち悪い走り方で向かってくる。
覚悟を決めたクレールにアイシャが枕を渡す。
「盾」
「いや、むりだろ」
「ちっ、知能があったか」
「さがっていろ。こいっ! お前の相手はこの俺だ」
手を広げ構えるクレール。弓をこれでもかと引き絞ったフレッチャ。タイミングを合わせるつもりで構えるサヤ。
まさに激突するその瞬間に岩大トカゲはクレールを無視してその横を走り去る。そしてクレールの背後から聞こえてきた咀嚼音。柔らかい肉を骨ごと噛み砕くその音はクレールに自分の死よりも耐えられない結果を想像させた。
「「アイシャちゃん!」」
サヤとフレッチャの叫びが重なる。カチュワも大口を開けて固まっている。
クレールは悪い予感を振り払うように後ろを振り返った。