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川中刀 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ほ〜、これが1000年以上前に使われていた刀剣ね……。歴史的には重要なブツなんだろうけど、こうしてみるとただの錆びのカタマリにしか見えんわな。こいつが当時の輝きを保っていたら、「おお〜」と感心したかもしれねえが……俺の心が貧しいのかねえ?

 先祖代々伝わる一品――とかなら、手入れは欠かさないだろう。それが刃物だった場合、すぐにさび付く危険にさらされるからな。

 昔からの価値を守るためには、その時代を生きた人の命だけじゃ足りない。のちの世を生きる人の命も、いただかなくちゃいけない。見捨てられてしまうまでな。そう考えると、長く生きるにしても他人の手を借りることは、できる限り避けたいと思っちまうな。頼るのも甘えるのも抵抗があるのは、そんな思いがあるからかもしれん。

 だが、その手入れが、果たしてブツの心にかなっているのか? 俺たちの独りよがりになっていやしないか?

 そう感じさせる話を、俺も聞いたことがあってな。良かったら耳へ入れてみないか?



 むかしむかし。舟遊びをしていた男が、河口の近くで拾いものをした。

 浅黄色の柄と鞘の中へ納められた、小刀だったらしい。とはいえ、刃渡りはおよそ一尺(約30センチ)。いざとなれば小太刀に使えそうなこしらえで、刃の表面には波紋が浮かんでいる。

 斬れる、と男は直感した。実際、懐紙を刃に当てて軽くこすると、たちまち紙は真っ二つ。物別れした片割れは、ひらひら舞って川に落ち、あれよあれよと水を吸っていった。もう素手で拾うことはかなわないだろう。


 これはよほどの家の持ち物に違いない。

 武家である男は、この小刀を主君に献上する。しかし、家紋のひとつも彫られていない小刀の手掛かりはまったくなく、話し合いの結果、そのまま男が預かることになったらしいんだ。

 実戦で使う気はなかったが、男は外へ出る際には必ず小刀を腰へ帯びていたらしい。少しでも目立つ格好をしていれば、持ち主の方からこちらに接触してくるかもしれない。

 領内で、心当たりのない家の者が持っていたと思われる品……間者が入り込んでいる可能性もある。どうにか奴らをいぶり出し、あわよくばその背後を探ることができればと、男は考えていたんだ。


 家に帰ると、小刀は手入れさせつつも自分もそれに立ち会う。小刀そのものに、細工がされている恐れもあったからな。バラすべきだったかもしれないが、美しいこしらえを失うのははばかられたのかもしれん。あくまで手入れのついでの調べ、といった形で保管は続いていた。

 ところが、手にして一カ月あたりで、小刀に異変が起き始める。刃の根元部分に、小さな錆が見受けられたんだ。

 男としては、すぐには受け入れがたい。自分の見ている限り、手入れに落ち度はなかったはず。父親から受け継いで20年あまり経つ刀にも、錆びを浮かせたことはなく、ひそかな自負になっていたこともあって、受ける衝撃は大きかった。

 すぐに錆を取ったものの、数日もすればまた浮いてきてしまう。それも、錆をとった個所に限らず、別の場所からもだ。男は自分の知る様々な方法を試すも、ほとんど効果は見られず、いたちごっこは続いていく.。


 それと時期を同じくして。領民たちのうわさから、ひとつの奇妙な話が伝わってくる。

 数日前、行商帰りの商人が、領地にほど近い峠の石へ腰を下ろしたときのこと。尻を下ろした石がうねり、撫でまわされる感触がしたんだ。

 驚いて立ち上がると、先ほどまでしっかりとした質感を持っていた石は、表面がしきりに波打っていたらしい。その様子は、まるで水面を見ているようだったとか。

 おそるおそる後ずさる行商に、岩から声が響いてくる。


「ここよりしもの流れに浮かせた刃を、知らぬか?」


 重々しく、それでいながらあぶくを吐きながらしゃべるような、聞き取りづらい声ではあったが、かろうじて理解できた行商は「しらない、しらない」と必死に答えて、峠を下って行ったという。

 男がその場所を尋ねたうえで地図と照らし合わせてみると、案の定、件の川の上流に当たることが判明したんだ。


 ――もののけの刃か。ならば、人の手入れが通じぬのも道理か。


 男は朝早く、件の小刀と父より受け継いだ宝刀、それに供を数名連れて、その峠へ向かったんだ。


 話に出てきた岩を見つけ、近づいていく一行。話に聞いていたような、波打つ表面は見受けられず、叩いても腰かけても、特に反応は見られなかった。

 行商の勘違いでは……? などと男は思わない。「河岸かしを変えたか」と近辺の似たような石を探しては、ちょっかいをかけていった。それでも、望むような反応にはなかなか出会えず。


 そうこうしているうち、今度はとある飯屋で中毒の騒ぎが起きた。

 原因となったのは、川魚をほぐし入れた茶漬けと思われたという。同日にこれを食した客10名が、しばらくして手足のしびれを訴え出した。そのままじわじわと、不随の部分が体へ広がっていき、数日ののちには寝たきりになってしまったとか。

 調べられたところ、この川魚はいずれも、件の川の渓流で手に入ったものだと判明したらしい。

 ほどなく、被害は飯屋にとどまらなくなる。あそこの川で汲んだ水を飲んだり使ったりすると、やはり同じような体のマヒに襲われるようになってしまうんだ。地下を通じて水脈がつながっていると思しき、井戸からのものでも同じ。

 いよいよ事態を重く見た彼は、すでに無事な部分の方が少ない、錆だらけの小刀を持って、じかに川の流域を調べ始めたんだ。



 かつて自分が舟遊びをしていた、河口付近。

 あの日のように舟を出した彼は、供に漕がせている間に、小刀と宝刀を鞘から抜いて船底に置き、自分は腰を下ろしたままあたりの様子に気を配っていた。

 舟がおよそ川の中央へ来る。流れの音がすっかり遠ざかる中、男は底板につけた自分の足裏が、ぶるぶると震えるのを感じ始めた。

 床へ寝かせた小刀も、ぶるぶると身を震わせる。刃の根元を中心とする揺れが、柄と刃先をこつんこつんと、小刻みに板へかすらせ、音を出し続けた。


「それだ、それだ、それだ、それだ……」


 そう声を当てられそうな拍子に、男は舟を漕ぐ手を止めさせる。

 小刀をとって鞘ごと水の上に浮かべると、宝刀を握っていかなる反応があるか、じっと気を凝らしていく。


 振れば刀が届くほどの位置に、浮かばせていた小刀。

 その底から、ひとりでに波紋がいくつも広がり出した。その間隔は次第次第に短くなり、一気に何重も姿を見せるときになったとき、「ぴちょん」とわずかな音と跳ねを残して、小刀はひとりでに沈んでしまう。

 男も漕ぎ手も目を見張っている間に、小刀が沈んだところから、どんどん錆と同じ色の水が湧いてきて、川の面を汚していく。それが一抱えほどの大きさになるや、汚れの中心から飛び出したものがあった。


 あわや、舟をひっくり返すかという勢いで飛び出た大きな魚。その大きさは男たちよりも大きく、盛大にしぶきを宙からまき散らしつつ、飛び上がっていく。

 その腹の部分からは、例の小刀のものと思しき、浅黄色の柄が飛び出していた。すぽんとそれが抜けたかと思うと、怪魚は一転、その体を曲げて川岸へと飛んでいく。

 抜けた小刀はそのまま落ちてきた。そしてまたあの汚れの中心より、柄から中へ沈み込んで、もう上がってはこなかったそうだ。

 だが、沈みゆく直前。見ることができた刃は、一分の錆も残っておらず、銀色に輝いていたらしいのさ。そして姿を消した小刀を追いかけるように、面の汚れも川の中へ引っ込んでいってしまったんだ。

 

 男たちは魚の飛んでいった岸へ向かったものの、あの魚の姿はどこにもなかったらしい。

 その翌日より、あの水にかかわる体の不随はぴたりと止んでしまった。件の川も、時間をかけてまた利用されるようになったが、その川べりには、草が一切生えない奇妙な地面があり、周りの草に囲まれるその姿は、巨大な魚のように思われたとか。



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