ひどいですわ……
「ちょっといいかな」
下校前、人気の少なくなった教室で友人と話していると、ジョー・マーカスがにこやかに話しかけてきた。
「ええ、もちろんですわ」
わたくしの心は踊っていた。
ジョー・マーカスが話しかけにきてくれるとは思っていなかったのだ。
こちらとしても先ほどの手品のような瞬間移動のたねを教えてほしいところだった。
友人が空気をよんで「あ、用事があったんだった」と蜘蛛の子をちらすように去っていく。
去り際にぱちんとウインクされたのは気のせいだろうか。ジョーが気づいていませんようにと神に祈った。
……
まさか、まさかこんなことって。
「ひどいですわ……」
ジョーに手を引かれどぎまぎしながら教室を出て、階段を下り、連れていかれたのは下駄箱の前。
もしかして一緒に帰ろうと誘われているのかしら。ちょっと強引なところもギャップがあっていい……そう浮かれていた自分を叱ってやりたい。
目の前で繰り広げられているのは茶番だった。
とうとう堪忍袋の緒が切れたルカ・ハニエルがわたくしの婚約者レオ・ギルベルトに断罪劇からの……殴りかかっている。ぼこぼこだ。レオ・ギルベルトの荷物からは紙袋に入った薔薇の花束がちらりと見えて事態を察する。
(私宛の花束ではないでしょうから、なるほど、ようやく告白でもするのね)
わたくしが到着したときにはすでにルカ・ハニエルは下駄箱にいてレオ・ギルベルトと対峙していた。
ルカの婚約者にこれから愛の告白をしに行こうとするレオに向かって、ひどくなじっていた。
ご丁寧にも断罪劇場を盛り上げるために、レオ・ギルベルトの婚約者であるわたくしをこの場に呼び寄せたかったのだろう。
その命を受けて、ジョーはわたくしをここに連れてきただけだった。
「ああ、マリグレット侯爵令嬢が可哀そうだ」
とルカ・ハニエルはレオ・ギルベルトを苛烈に攻める。
あなたは全然そうは思っていないだろうことはわたくし分かってるんですからね……。
ふらり、あまりの事態に眩暈がして、たたらを踏むと後ろからそっと肩を支える姿がある。見上げるとジョー・マーカスが気遣わしげな瞳でこちらを見つめている。
「アンナ嬢、見るに堪えない現場失礼いたしました。さあ、もう帰りましょう」
お手を、と跪いて手を取られれば何も言えなくなってしまう。言いたいことは山ほどあったはずなのに。
まるで騎士にさらわれる姫君のような心もちで、星が出始める夕暮れのオレンジとピンクと紫が混ざり合う空の下、玄関口から校門までが永遠に思えた。
校門外には侯爵家の馬車が、帰りの遅いアンナのことを待ちわびていた。
「では、お気をつけて」
馬車の乗り込み口で名残惜しそうに目を見つめられ声を掛けられると思わず勘違いしてしまいそうだ。
(だめよ、今さっきの出来事を忘れたの?)
手酷いしっぺ返しをくらったばかりだというのに。
次回の話は「ヤンデレ王子は完璧主義者」のサブタイトル「これは僕の独り言なんだけどね」と若干リンクしています。




