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この人 割と迂闊じゃない?

瞬間、強張るガッタの顔。ガッタの様子を見て取った墓堀人は、彼女と商人の間に割って入る。焚火の傍らに用意しておいた緊急用の薬草束は、一連の動作のうちに墓堀人の左手に納まっている。

「その姓は、祖先の禁止したもの」

目を見開き、悲鳴を搾り出すような声でガッタは墓堀人に事情を伝えようとする。

「命の危険があるから、決して人に知られてはいけない秘密の姓です。お父様もお母様も、その姓を名乗った事はないはず」

 聞き終わるや、商人の喉元を狙って墓堀人のショベルが鋭く振るわれる。商人は、左腕で喉元をかばった。火花が散り、ショベルは商人の腕で弾き返される。彼の破れた袖の中に金属的な光沢が見えた。

 墓堀人はショベルを商人の眉間に突きつけ、空いている左手で薬草束を焚火に投げ込む。大量の煙と悪臭で相手の目を晦ませるはずの薬草束はしかし、商人が投げた小振りのナイフに軌道をそらされた。ナイフの投擲に反応し、墓堀人は商人の伸びた右腕を狙ってショベルを払う。商人はその一撃を上回る速度で後退し、袖の中に隠していた寸鉄を捨て両手を広げて突き出す。そして掌を振り、戦闘の意思がない事を示した。

「待て。まてまてまて。今のはあれだ、間違いだ。調査不足の結果とも言う。切羽詰っているのは分かるが、いきなり殺しにかかるのはやめろ。な、グアド。黒衣の墓堀人『グアダニャ・ネグラ』まんざら知らない仲でもないんだ」

口調が変わる。先ほどの猫なで声も影を潜め、張りのある声で商人は呼びかけた。

「覚えてないか。そんなはずあるまい。確かに十三年ほど前に会ったときは、俺も髭を伸ばしていた。お前に、部下もろともひどい目に合わされたんだ」

滅多に名乗る事のない名を呼ばれ、黒衣の墓堀人ことグアドは困惑した表情を浮かべる。ショベルを油断なくつきつけたまま、記憶を探る。

「ベテルジューズか……? ヴィ国の密偵の」

「そうだ。お前の『埋葬』を邪魔してぶちのめされた密偵だ」

グアドは暫くの間、ベテルジューズを鋭い目でにらみ付けていた。そして、ため息を一つつきショベルを傍らの地面に突き立てる。

「お友達……ですか?」

ガッタが怯えた声で、尋ねる。

「敵だ」

グアドの不機嫌な声。

「敵ではない。少なくとも今は。いや『今は』とは言わず、当面のところは協力できるといっていいんだ」

ベテルジューズが反論する。そして、ガッタの目の前で膝を折り頭を垂れた。

「お初にお目にかかります、お嬢様。旅装にて御挨拶する無礼、平にお許しを。先ほど墓堀人のグアダニャ氏よりご紹介に預かりましたが、改めて名乗らせていただきます。手前はヴィ国王直属の密偵。名をベテルジューズと申します。ベテルとでもお呼び捨てください」

大柄の男に跪かれ、ガッタは当惑の表情を浮かべる。立ち上がるべきなのか、それとも座り込んだままでいいのか判断がつかない。結局どっちつかずの中腰になった。

 グアドは彼女の背後に回ると肩に手を当てて落ち着かせ、座らせる。


 ベテルジューズの大仰な挨拶が終わり、三人は焚火を囲んで座り込んだ。ガッタとグアドが並んで座り、焚火を挟んでべテルが腰を落ち着ける。

 グアドは薪を多めに足し、ベテルとの間に簡単な炎の防壁をつくた。踏み込もうと思えば来られるだろうが、熱に焙られるのも確かだ。揺れる炎も投擲武器の精度を著しく低下させる。なによりいざというときに投げ込む煙幕用の薬草束を、この位置関係なら妨害される気遣いがない。その上で、彼はショベルを手元にひきよせて密偵の細かな動作も見逃さぬように目を光らせている。

「事情を」

グアドは凄みのある低い声で問うた。「話せ」と。

 ベテルジューズは、ゆっくりと話し始めた。話して問題ない内容か吟味を重ねながら。

「まず、そちらのお嬢さん。マンマーリア家のお嬢さんで間違いないな。帝国の重鎮アニマーリア家の分家筋だ」

びくりと、ガッタの体が震える。ベテルは構わずに続けた。

「だいぶ過去の話だ。百数十年ほど昔、マンマーリア家は帝国中枢での政争に破れて片田舎に逃げてきた。と、これは調べがついている。まさか、姓を封印してまで警戒しているとは思っていなかったが」

ベテルは頭を掻き、失敗失敗と口の中で呟いた。

「アニマーリア家の側では、もうマンマーリア家は都落ちと同時に無力化したと考えていたようで。行き先も知らなければ、探してもいなかったようだ。だから姓を隠す必要なんてなかったはずなんだが、御先祖に相当な慎重派がいたんだ。アニマーリア家の刺客が、自分達を狙っていると考えていたのかもしれないな」

薪が爆ぜて、火の粉が飛ぶ。ガッタに向かって漂ってきた一粒を、グアドがショベルの先で払いのけた。

「そんな状況で、ついこの間だ。帝国に潜入している部下から報告があった『ティグリス・アニマーリアがマンマーリア家の居場所を探している』ってな。同時に、ある指輪の情報が入ってきた。知っているだろう。皇帝を不死身の英雄たらしめている『スペア』のことは。あれのせいで、ただでさえ難しい皇帝暗殺計画は不可能な状態だったんだ」

ベテルは、そこで手を一つ叩き声をのトーンを上げた。

「何が理由かわからないが『スペア』が帝都から移送されるって報告だった。行き先は、マンマーリア家。好機だと思ったね。連合のほかの密偵も同意見だった。本来なら帝都のどこかにあるとしか解らず、その所在を一時掴むだけでも優秀な密偵が三人は犠牲になる代物だ。それが、国境付近の片田舎に動くっていうんだから。そこで」

密偵の目が、ガッタへと動く。グアドは、足に掛かる体重を少女へと寄せる。

「ガッタ嬢のお父上。現マンマーリア家当主を買収したんだ。レベン国の密偵と協力してね」

少女の体は、見て解るほどに震え始める。焚火越しに見えるベテルの姿は、熱による大気のゆがみによって大きく不自然に捩れて見えた。

「何、無理な事はしていない。『帝国はマンマーリア家のお嬢様を指輪の生贄にしようとしている。我々が保護すれば、皇帝に何かあっても指輪を外す必要はなくなる。ついては、レベン国銀貨での支払いになるが、生活の支援をしたい』と説得を試みただけだよ。御当主殿も納得してくださった。指輪の性質は知っているかな。死んだものの指に嵌めれば、生き返る。生きた者の指に嵌めても、何も起こらない。一度つけた指輪を外せば、その者は死んでしまう」

軽い音とともに、地面に革の手袋が投げつけられた。パニックに陥って手袋を外したガッタは更に自分の指から、淡く赤色に光る銀の指輪をもぎ外そうとする。グアドはその手を掴み、ガッタを押し止めた。彼の鋭い眼光が、ベテルの顔を見据える。

「お前が側にいるときでよかったな。離れたところで事実を知らされていたら、指輪を外させない手立てはなかった」

密偵は、平然と墓堀人の眼光を見返す。墓堀人と密偵の間には剣呑な雰囲気が満ちる。その張り詰めた静寂を、恐慌の極みにあるガッタの抵抗の音だけが掻き乱していた。

 どう抵抗しようともびくともしない墓堀人の腕に疲れきって、ガッタが抵抗をやめて泣き始める。グアドは、地面に落ちた皮手袋をガッタの手につけなおした。

「それで、お前達はどうするつもりだ」

グアドは、泣きじゃくるガッタの頭を胸に抱いて密偵から庇いながら尋ねた。

「密偵としては今後の予定を詳しく話すわけにもいかないな。まぁ、もう言ってるも同然だが」

ベテルは焚火越しに答えてくる。

「とかくお前には、当分の間その娘を守ってもらいたい。要するに、そのガッタ・マンマーリア嬢にその指輪がついたまま帝国の追撃から逃げ切って欲しい。お前の当初の予定を邪魔する気は毛頭ない」

「この指輪、お前達の手元に置きたいんじゃないか」

「勿論、それが最善だ。でもな、一方では俺のほうで『黒衣の墓堀人』と事を構える余裕はない。俺だって、腕っこきの密偵一部隊が一山いくらの山菜みたいに薙ぎ払われたのを忘れちゃ居ないんだ」

「だから」密偵はため息混じりに続ける。

「次善の策は、お前に嬢を守ってもらう事だ。指輪と嬢を確保できない事情についての報告を上役つまりヴィ国の支配者たるレガール王に奏上するのは気が重いがね。まぁそこは任せてくれ。少なくとも、ヴィ国の兵団がガッタ嬢の確保に差し向けられる事態は回避してみせる」

「そんな可能性があるのか」

「あるとも、考えても見ろ。死者を蘇らせる秘宝だぞ。それこそ、誰だって欲しがる。それでだな。問題になるのは、お前さんがどれだけ本気でガッタ嬢を守るかという事だ。こちらの計画が進行している最中に、何かの事情で嬢と指輪を帝国に引き渡されたりすると困る。勿論、そんな事態を防ぐ為にこちらから協力費をたんまり出してもいい……が、金持ちになるのを喜ぶお前でもあるまい。そんなわけで、嬢を保護するお前の動機を知っておきたいのだがな」

ここではぐらかせば、指輪の確保にヴィ国の兵士達が動員されかねない。密偵から加えられる遠まわしな脅迫に対して、グアドは眉間に皺を寄せる。

 彼はガッタの頭を自分の胸から離して、ベテルに向き直った。彼女を自分の背に隠し、渋面をつくったまま回答を搾り出す。

「確証はないがな……おそらく彼女は、わしの……孫娘だ」

グアドの背後から、ガッタが息をのむ音。正面からは、ベテルの「ほぉ」という声が聞こえた。

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