こんなのんびり 初めてじゃない?
ガッタの前に並ぶ朝食は、昨日の夕食に続いて彼女が見たこともないものが多く並んでいた。何故パンが白いのか、妙な香りを放つ黒い湯は何なのか、茶色い円盤状のパンはどうすればいいのか。それにのっている白いふわふわは、一度だけ食べた事があるフロース・ラクティスとわかる。
睡眠をとって体力の回復した彼女は、昨日の夕食時とは変わって好奇心のままにあれこれとなく質問を飛ばした。グアドはにこやかにそれに答え、食べ方を教える。
「パンケーキの生クリームはもう少し増やすかの」
という声とともにマルティーリョが厨房から顔を出し、ボウル一杯のフロース・ラクティスを見せる。バニラ入りもあるぞという彼の補足に、彼女の香料に関する知識がひとつ付け足された。
ベーコンやハムといった肉類、卵焼き、多様な種類の果物。どこから出てくるのかと訝るガッタに、グアドは心配するなと声をかける。
「『墓所』では、不思議な事がよく起こる。ガッタが離れた場所にいるカルデロと話せたりな。そういうものの一環として、食べ物も出てくる。そう思っておけばいい」
ガッタは素直に頷き、朝食を平らげにかかった。食べながら彼女はグアドの顔を時折凝視し、首を傾げる。グアドも、それと気付くたびに見つめ返す。数度、その動作を繰り返した後に彼女はパンの一かけらをのみこんで、指摘した。
「グアドおじいさま。目、どうしたんですか」
今度は、グアドが首を傾げる。
「赤い、真っ赤です」
と指摘され、ようやく気付いた彼は「あぁ、そうだったな」と呟いた。
「旅の途中では目立つから、細工をして色を変えていたんだ。本来わしの目は、この赤だ」
ガッタは、グアドとマルティーリョの真紅の目を暫く見比べていた。
「おばあさまの目も真紅でした」
「あぁ、娘の目も。つまり、ガッタの母親の目も赤かった。ガッタは、まあ赤いといったところだな。我々の、なんというべきか、一族。うむ、一族ではないな。縁辺か。ここいらの縁辺のものは、みな赤い目を持っているのだ」
「じゃぁ、マルティーリョおじいさまも、本当におじいさまなんですね」
おじいさまと呼ばれるたびにマルティーリョが相好を崩すのを視界の端に捉えながら、グアドは暫し思案した。
「そうだな。すさまじく遠縁のという補足はつくが」
釘をさしたつもりで彼がそう答えた後も、マルティーリョの目尻はさがったままになっている。
「ここら一体は墓堀人の土地でな、どの国のものも発見できないし危険な獣もいないのじゃ。『墓所』見物もいいがひとつピクニックといかんか」
朝食の後に、コーヒーを飲みながらマルティーリョはそう提案した。
「幸い、天気もいい。風も収まっておる。レーダーに敵影なし。いい日和じゃ」
ガッタは、それを聞いてグアドの方を向く。彼女が心配事を口にするより早く、彼は答えた。
「指輪に対処する準備には、まだ時間がかかる。そして、その準備は『墓所』の機能が自律して行っている。要するに、暫くわしらは休暇というわけだ。出かけよう」
数刻の後に、ガッタは縫製機で仕立てられたグレーチェックの上品なワンピースを着ていた。頭には粗い網目で縁の波打った、大き目の麦藁帽子。腰周りと帽子に、ダークグレーで色をそろえた帯を巻いている。両手だけはいつもの皮手袋をはめており、その手には大振りのバスケット。その中にはマルティーリョの作った料理が詰めこまれている。
マルティーリョは防水ブーツを履き、丈夫なジャケットを着、ニットの帽子を被るという狩猟用の服装だ。折りたたみの椅子と机一そろいに、分解したタープを担いでいる。
グアドは、黒いマントにフード、手には一振りのショベル。体の各所に、薬草を詰めた皮袋をつるしている。
一人だけ完全にいつもの服装で現れたグアドに、マルティーリョは困り顔をする。
「お前さん、いつもそうじゃのう。他にないのか」
「勝手がわからん。動きやすい服装でいいだろう」
素っ気無く答えるグアドにガッタの服装を示しながら、禿頭の墓堀人は指摘する。
「孫っ子ちゃんは、おめかししておるのにのう。似たことをカルデロちゃんにして、怒られたのをわすれたか。あのときも、気合の入ったカルデロちゃんとおぬしの落差がすごかったぞ」
「……昔の事だ」
小さな声で答える朴念仁に彼の旧友は、苦笑で答えた。
「いやいや、いま目の前で起こっている事じゃろう」
二人の掛け合いに、ガッタが割って入りマルティーリョを見上げて言った。
「そのときのこと、ききたいです。おばあさまがお怒りになったお話」
「おお、では出発しながら話そうかの。これがまた傑作で」
話しながら進む二人を、グアドは少し遅れて追う。その顔には、あまり彼の見せる事のない穏やかな笑みがうかんでいた。
『墓所』の純白の立方体から、三人は高く昇った太陽に照らされる草原へと足を踏み出した。
「……というわけで、あいつは本当に手がつけられないんだ」
「ありゃあ、お前さんが悪いわい。わしでもその位はわかるぞ」
三人の会話は、いつしか旧友二人のじゃれ合いとなった。ガッタは黙ってそれを聞き、時折合いの手を入れる。話し、笑い、浮かれ、なだめ、また話し。三人の歩みは、『墓所』の側にある湖の縁まで止まる事はなかった。
空を反射して青く見える湖は、近寄れば果てしなく透明である事が解る。三人はそのほとりにタープを建てて、椅子と机を設置した。穏やかな風が湖に向かって吹いている。ガッタは帽子を手に持って背中にゆるい風を受け、湖を眺めた。
「『墓所』の水は此処から取っておる。グアドは随分反対していたがな。まぁ、結局は反対していた本人にも水は必要なんで有耶無耶になったが」
マルティーリョが、また意地悪くグアドの過去をあげつらう。
「……昔の事だ」
いつも同じ対応で非難をかわそうとする老墓堀人を、その悪友は肘でつつく。
「昔という割には、ごく最近まで頑ななのは変わらんかったろう。此処の水も、『我々』の技術が……あーつまり、魔法の力が、環境を変えるからというので余り使わなかったくらいじゃ。それが、いまじゃすっかり丸くなったのじゃ。孫っ子ちゃんと会ったおかげかのう」
「拒否すべき部分と、許容すべき部分が分けられるようになっただけだ。この『我々』の技術……魔法か。この魔法の類は矢張り嫌いだ。その、厄介な指輪は特にな。しかし、それを外すのも魔法の技術。使うべき時には使わなければ、墓堀人として魔法の埋葬もできん。それを気付かせてくれた、ガッタには感謝している」
ごく自然に述べられた言葉に、マルティーリョは目を丸くした。ガッタはグアドのそばによって、その手を取り微笑みかける。グアドは微笑みはせずとも、穏やかな顔でその手を握り返した。マルティーリョは、今度ばかりは茶々をいれずにタープへ戻った。そこで、ボトルには言ったコーヒーをそれぞれのカップに注ぐ。グアドとガッタは、手をつないだまま薄花色の湖面を眺めている。
ガッタは水辺を散策し、老墓堀人二人はタープの影で休んでいる。水の中に小さな魚を見つけた彼女が、小走りで二人から離れるのを機にマルティーリョが口を開いた。
「いま、どっちだ」
「解らん、判別の仕様もない」
「うまく、いくんじゃろうな」
「あぁ、全て終わればな。この瞬間のガッタの振る舞いが本人のものあろうが、指輪が行っている模倣であろうが、ガッタ自身の経験と記憶に移し変えられる。本人には指輪が代替を行っていた事自体が認識できなくなり全て連続した、ただの思い出になる。」
それを聞いて大柄な墓堀人は椅子から立ち上がった。
「ならば、まだまだ楽しませてやらんとな」
彼は川岸を、ガッタを追って走りだす。グアドも、それに遅れて立ちあがった。




