ついに到着 遅くない?
崖の壁面に、巨大な純白の直方体が不規則に張り付いている。青空の下で陽光を浴びて輝くその奇岩による絶景は『墓所』と呼ぶには余りに清々しいと言えた。
森の途切れ目から太陽の下に進み出て、グアドは掌で光を遮った。ガッタも眩しさに目を細めながらそれに続いて歩く。足元のたけの短い草地に、道はなく人の歩いた様子もない。頭上を名も知れぬ鳥が飛び過ぎて行った。それを見上げた少女の髪、旅の間に随分と伸び、日に焼けてしまった茶色味を帯びる黒髪を不意に少し強い風がなびかせる。ところどころに草地から突き出している岩を避けて、二人は『墓所』へと近づいていった。
「おうおう、よく帰ってきたな。無事だったかね」
見事に禿げ上がった、老人が崖の前で待っていた。染みがういた禿頭に白い口ひげの年寄り全とした風貌をしているが、それに反した筋肉質の堂々たる体躯を、簡素な作業着で包んでいる。真紅の瞳は、老境にあってなお、輝きを保っていた。手には大降りのショベルを持っている。本人の背丈も携えるショベルもグアドより一回り大きい、老偉丈夫であった。
「わざわざ、出迎えか。物好きだな」
「だれが、おぬしを出迎えるか。あぁ、連絡は来ておるよ、お前さんの嫁さんからな。お前さんは通信機なんて気に入らんかもしれんが。それにしても、お前さんの孫っ子はめんこいの」
ガッタに親しげに近寄ろうとする大男を、グアドが手で制する。
「やめろ、おびえる。落ち着け。沈静薬がいるか。通信についてはこの際、気にしていない。カルデロにも伝えてくれ」
「そうは言っても、自分で通信する気にはならんか。しかたないのぉ。お前さんも、いま少し柔軟でいいと思うが」
一連のやり取りの後に、やや悄然とした禿頭の老人をグアドはガッタに紹介した。
「紹介しよう。この禿は、マルティーリョ・ドラダ。わしの同僚でな、墓掘り人中では最年長の男だ。馴れ馴れしいが、まぁ許してやってくれ」
「墓堀人というより、墓守じゃよ。『墓所』に戻ってくるものもほとんど居なくなってしまったからの。そんなことよりも、嬢ちゃんの母君のことをおぼえとるぞ。赤ん坊の頃のな。それでこのな、この小指を握ってくれてな。だから、嬢ちゃんはわしにとっても、孫同然じゃ」
「だから落ち着けというのに」
旧知の二人のやりとりに、少女はとうとう笑い出した。それを聞いた二人の老墓堀人も、やり取りを止めて穏やかに微笑む。日はまだまだ、高かった。
地面に接する高さに位置する白い直方体の表面に入り口が開くのを、ガッタは驚きの目をもって眺めた。二人の墓堀人に連れられて歩くその中は、石材でもタイルでも金属でもない素材でできた、継ぎ目のない床が広がっている。窓もなくランプも見当たらないにも係らず、建物の内部が明るい。彼女は天井自体が光っていることを見つけたが、どうやって光っているのかは解らなかった。
通路を進むうちに、黒い穴が壁、天井、床にわたって無数に開いた部分に行き当たった。透明な壁に仕切られたその部分に立つと、背後でもまた透明な壁がせりあがる。少女が怯えて祖父を見上げると、彼は微笑んでその頭に手をのせた。
「心配するな。なんなら目をつぶっているといい」
言う通りに目をつぶったガッタを、ぬるい風が一瞬の間に通り過ぎた。彼女が恐る恐る目を開けると、目の前にある透明な壁がさがって行くのが見えた。三人はそこをこえて、更に進んでゆく。
「あれが何だったのか、聞きたいみたいじゃな」
マルティーリョがにやりとして、ガッタの顔を覗き込んだ。少女は頷き、ちらりと背後に目をやる。透明な壁は、彼女らが通ったあとにまたせりあがったようだった。
「あれは、外から来た汚れを落とす装置じゃ。『墓所』に穢れは禁物、死者たちの眠りの為にな」
それを聞いて、ガッタは自分の服を見下ろす。旅の間についた汚れ、垢は落ちてはいない。こぼしたスープの染みもそのままだ。薬草を飛び散らせた後は、未だに匂いを放っている。革のブーツの裏も泥に塗れている。
「あれは、そういう意味じゃない」
ガッタの様子を見てグアドが補足した。
「目に見えない、汚れ。なんというかな。この時代なら瘴気とか言えば通じるだろうか。そういったものを取り除くんだ。目に見える汚れは、別の手段で落とす。あとでな」
「グアドよ、説明が上手くなったじゃないか。昔は全く理解していない相手に理論から何から、まくし立てていたものを」
「昔の話だ。よせ」
長く続く通路を進みながら、じゃれあう二人の後をガッタは少し遅れてついていった。
湯を浴びれば、いくらでもどんな温度でも湯が出てくる。着替えは、旅の間着ていたものと寸分たがわぬ服が汚れ一つない状態で出てきた。食事を採れば、見たことも聞いたこともない原材料も分からない美味しいものが出される。眠ろうとすれば、謎の柔らかい何かと少し柔らかい何かに挟まれる。『墓所』での歓迎に驚き疲れたガッタは、無重力であっても安眠を約束するという宣伝文句のついた寝台で深い眠りについた。
『墓所』のテラス、崖に張り付く直方体から張り出すように材木で設えられてたその場所の机に老墓堀人の二人は差し向かいで座った。二人の間には酒盃とガラス瓶に入った酒、皿に盛られた干し肉やチョコレート、ナッツ類といったつまみが盛られている。頭上には満天の星、足元には風が草木を揺らす様が見て取れる。
「おぬし、ライウィスキー好きだったろう。よく冷えてるぞ」
酒瓶を手にしたマルティーリョの言葉に、グアドは微かに眉をひそめた。
「地下室から出したてか」
グアドの言葉に、彼の旧友は膝を打って笑った。
「ここには冷蔵設備があるぞ。なんなら冷凍設備もな。お前さん、この惑星に馴染み過ぎじゃろう。墓堀人の勤めとはいえ、そこまで忘れちゃ支障が出るぞ」
我ながら胡乱な事を聞いた、とグアドは苦笑して杯を取った。
「お前さんらの無事に」
「墓堀人の勤めに」
それぞれ杯を挙げて鳴らし、一息にそれを乾す。
「此処で飲むのも久々じゃ。まえは、おまえさんの嫁さんもおったのう。いまどうしとる」
「『我々』の資源回収船を監視中だ。相も変わらずな」
「じゃぁ、身動きのとれんお前さんの嫁さんと、その弛まぬ努力に」
マルティーリョは杯にもう一杯の酒を注ぐと、星空に掲げて後にそれも乾した。
「どれ。あとは、お前さんの娘さんに」
「おい」
制止しようとするグアドの杯に、彼はたっぷりと酒をついで言った。
「ここにいた頃は子供だったが、今じゃ充分大人じゃろ。こうして、おまえさんの孫までいるんじゃからの。行方不明と聞いたが、どうにかやっておるじゃろう。ほれ、乾さんか」
その言葉に酒を注がれた男はじっと考え込む。
「……娘に」
長い沈黙の後に一言だけ呟いて、彼はそのまま酒を呷った。
暫しの酒宴の後、杯を卓に下ろして酔ったカルティーリョがうめく様に呟いた。
「しかしな、結局のところカルデロちゃんには来てもらわなければいかんかも知れんぞ」
深刻な様子にグアドも、杯を置く。
「どうした、何かあったのか」
「孫っ子ちゃんのことよ」
余りに深刻な様子に、グアドは身を乗り出す。
「何故先に言わなかった」
「今気付いたのじゃ、あのな」
生唾をのむグアドにカルティーリョは言った。
「滞在中、孫っ子ちゃんの着替えはどうする。つまりだ、その、下着とか」
「何か、ないのか」
「ない、墓堀人はずっと男所帯じゃもの。カルデロちゃんがいた頃は、問題なかったんじゃから何か手立てがあろうが……」
「洗濯なら、やり方を教えるが……確かに、新しいものが必要だろう。そうだ、自動縫製機がある」
「部外者の物を作るなら、サイズの設定は手動じゃ。孫っ子ちゃんのだな、サイズを測るのどうするんじゃ。わしがやるか」
グアドは厳しい顔で首を振る。
「お前さんがやるか」
今度は困り顔で首を振る。
「デザインとか、素材の好みとかどうする。聞けるかの」
「問題だな」
「問題じゃろう」
困り顔で孫の下着問題を真剣に論ずる二人の老墓堀人を、青白い月光が照らしている。
「夜が明けたら、カルデロに連絡してみよう」
「お前さんの『我々』の技術に対する頑なさが、こんな事でほぐれるとはのう」




