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この会話はファンタジーじゃなくない?

 ウィタエ帝国首都。その中央を占める宮殿の最奥の更に奥には、簡素な一室が設けられている。窓は小さく高く、最低限の明かりを入れるためのもの。中央付近に大振りな机があり、これは見事な素材の重厚なものだ。壁沿いは、ほとんどが棚で埋まっている。その一方には歴史学、哲学、修辞学、博物学、科学、数学、哲学といった革表紙の書物が並び、他方には会計報告書、軍事作戦書、法の改正案、演説の草稿、嘆願書、要望書、といった亜麻紙の束が積まれている。この部屋は存在自体を秘されており皇帝本人のほかには、都度呼ばれる家臣のみが入る事がゆるされる。近衛ですら間近での護衛は許されず、やや離れた部屋に詰めている。

 机の前に座す女帝は、手元に届いたばかりの書簡を一読した後に丸めなおした。自らの短い金髪を掌で一撫でし、真紅の瞳で眼前の光景を見下ろす。そのまま、短い思案の時間があった。

「さて、まずは卿の無事での生還を喜ぼう」

机の前のフェレスに帝がかけた声は、普段の家臣に対するものより些か優しげだ。騎士団長としての軍服で跪く彼女は軍人としての歯切れの良い声で、作戦の遅滞と死傷者の発生を詫びた。

「レベン国軍の抵抗を予想した花冠騎士団は、案に相違して人ならざる相手と戦う事になった。これは想定のほかと言うしかない、多少の遅滞をどうして咎めよう。レベン国軍以外にレベン国内における怪物の発生を厭わぬ勢力が、帝国と敵対している事実を明らかにした事も功と言える」

フェレスは、顔を上げずに皇帝の温情を謝した。それに目を注ぎ、ひとつ女帝は息をつく。そして別の書簡を一つ取り出して、広げて見せた。

「しかしなフェレスよ。いかに事情があったとはいえ、余のつけた子爵と伯爵に任せきりで戦場を離れたのは、いかにも良くない。一軍を率いる上で、大変軽率であったと言える。叱りおく」

息を詰めて、フェレスは体を硬直させた。

「リクオル伯爵とソリドゥム子爵には、後に充分な礼をせよ。卿が走り出した後の騎士団の収拾に随分な骨折りをしたようだ。供回りの騎士二名のみを連れて出立したそなたの安全確保についても、書状がこちらまで回ってきたぞ。その際の話も詳しく聞いておくといい。今後の役にたとう。それとな、必要があったとはいえ、その場の独断で騎士一名を任官したことについてだ。その者は飽くまで卿の部下とせよ。手続きや式典、領土の選定について、ティグレに頼る事は禁止とする」

それを聞いてフェレスは、やや青ざめた顔をする。女帝はその様子を見て苦笑し、言葉を続けた。

「制度に詳しいものから助言をうける事は許可しよう。人事の権を振るった責任は最後まで取れ。余にとっては陪臣、とはいえ帝国騎士を誕生させるのだからな」

話を聞き終えたフェレスは、深々と頭を下げた。

「オッレ女大公からの書状も、確かに受け取った。これらの事情を鑑みれば、そうだな……まだ椅子を用意はしてやれん。功を論ずるのは後日とする。では、さがってよろしい」

退出の許可を得て、フェレスは皇帝の政務室を去った。彼女の頭の中は、床几特権を逃したことについての事で一杯だ。父のティグレにはどう説明するべきか、と。


 フェレスが退出し、部屋には皇帝ただひとりとなる。彼女は空中に向かって口を開いた。

「姉さん。事情を聞きたいんだけれど。姉さんの旦那について」

声に反応して、空中にカルデロの顔が映し出される。

「事情を聞きたいのはこっちよ、カティヌス。孫娘の指に、原生生物観測用の調査機器がはまっていたことについて。どういうことよ」

姉に質問を返されて、女帝カティヌス・ウィタエは眉間に皺を寄せる。

「え、孫娘……なんでよ。調査機器っていうと、あれか。私がまだ、髭親父の外見を使って国を興した頃に王権の象徴だって事にしたやつ。この惑星基準で200公転周期くらい前だったと思うけれど」

「なんであんなものを」

訝る姉に、妹も記憶を辿りながら答える。

「死にたての屍なら、微小機械が注入されて再起動するでしょ。死者の復活モドキは原住民にもわかり易い技術だったし。機器を抜けば微小機械も停止して死体に戻るから、用が済んだときの処理も簡単便利」

「その簡単便利がいまは問題よ。生きているものにつけて外した場合も、本来の生命活動を巻き込んで停止するじゃない。孫娘の命のために、おそらく破壊する事になるわ」

カルデロの渋面に、女帝もいささかの困り顔で返す。

「私にとっては、調査機器一つどうでもいいんだけれど、原住民が超貴重品みたいな扱いしてるからね。何か陰謀なり政争なりがあったのかも。それか一定期間調査が行われないと、つまり現地人が身につけてないと独自に調査を始める機構が働いたのかも知れない。この惑星が目をつけられた初期の頃は、便利な機能だったんだけれど。あぁ、管理が煩わしくて、誰かに任せきりにしていたんだっけかな。確か、アニマーリア君だっけ。あ、今はその子孫か。わかった、こっちでフォローしておく。こんなの多分、彼のせいじゃないし」

「あんたの帝国でしょう、きちんと御しなさい。指輪に関してはもう、グアドに任せてるから。一応は、解除コードを『墓所』に送ってあげて。孫娘は現地人と『我々』のハーフだから、誤作動するけれど」

「ないよりましよね、わかった送っておく。でも、いかれたナチュラリストに任せるのがね……あ、ごめんなさい。姉さんの旦那をそう悪くいう気はないのよ。でもね」

カティヌスを遮って、カルデロは空中のディスプレイ越しに手を振った。姉は途切れた妹の言葉の続きを引き取って、続ける。

「わかっているわ。あの人も、この惑星から『我々』の影響を完全に取り除くのは無理な話だってわかってるはず。それでも、許せないんでしょう。私達より多くのものを見てきた人だから。無理に持ち込まれた技術が、あちこちの惑星で原住民の手に渡って惨禍と破滅を引き起こしているのをね」

女帝は画面に向かって身を乗り出し、憤慨して見せた。

「私だって、広める技術の選別くらいしている。それに、このまま手をこまねいているうちに『我々』の残党がこの惑星を資源にしようとしたら原住民はほとんど助からないわ。早急に惑星全体を掌握して、せめて避難用のシェルターを用意しないとならない。その上で私と姉さんと義兄さんと、後生き残りの少しで『我々』を押し返す必要がある。『我々』の本拠地が『奴ら』に壊滅させられた敗戦から350公転周期そこそこ。もしも反撃を諦めていなかったとしたら、此処の様な回収船に近い惑星は全て破砕しようとするわ。昔と違って、知的生命体の有無を問う余裕はない」

早口でそう述べる皇帝に、姉はゆっくりとした口調で同意する。

「私は原住民の生活になんて興味はないけれどね。回収船の監視は続けるわ。惚れた旦那様の手前、というのもあるけれどね」

突然の惚気に、乗り出していたカティヌスは脱力して椅子に背を預けた。

「あれの、どこがいいのよ」

「可愛いひとよ。意外と」

笑みを含んだカルデロの返答。カティヌスは指先をこめかみに当てて「理解できない」と呟いた。


「ところで、姉さん。私が昔作った情報端末をグレネードなんていって溜め込むの、やめて貰えないかな。リコールしたし、新しいのも送ったでしょ」

会話の途切れた隙を狙って、平静を装う口調で女帝はきりだした。

「少しだけ性能が上がって、お値段二倍のやつね」

意地の悪い笑みを浮かべてそう答えるカルデロに、カティヌスは懇願する。

「発火する問題は、解決してるから。昔のは廃棄して。お願いよ」

「いやよ。発火しない情報端末なんて、何に使うのよ」

「情報端末として使ってよ」

思わず口をついて出たウィタエ帝国皇帝の叫びに、異変を感じた近衛達が集まってきてしまったため、この交渉は後日に持ち越しとなった。


扉越しに感じる人の気配と金属の甲冑が擦れる音。部屋の前に集まる家臣たちに、女帝はなんでもないと伝えた。

「少し、眠ってしまっていたようだ。うなされていたかも知れんが、大事無い。本日の政務はこれまでとする。侍従以外は、さがれ」

精一杯の威儀を張って、部屋を出て行く彼女はいかにも政に倦んだ顔をしていた。

「まさか技術官僚崩れが、未開の惑星で帝国一つ差配することになるとは。疲れるわ」

そんな本音が、通信機器のログに残っている。

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