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馬チェイス 語呂悪くない?

「確りと、うけとれ」

その言葉と共に、グアドは相手に指輪を投げ渡した。投擲の動作を途切れさせずに、マントの下の皮袋を掴む。それを一振りして大量の指輪を路上に撒き散らすとともに、彼はオルビス・ラクテウスの北に向かって走り出した。彼の背後では、怒号が上がり騒ぎが大きくなっていく。その気配を感じながら、野次馬の人混みが膨らむ速度に追いつかれないよう建物の間を、人の間を、荷車の間を、馬車の間を縫って駆け抜ける。ガッタの身体を担いでいるとは到底思えない速さで、彼は町の北端に到達した。

 建物の陰から馬を引き連れて出てきたフォマローから手綱を受け取り、グアドはガッタを鞍に押し上げる。孫娘を身体の前に抱きかかえるように固定して、彼は後も見ずに町の外へと馬を駆った。


 三国の国境が交わるオルビス・ラクテウス。その町を南北に貫いて流れるコメーテース大河に沿って、平原が続いている。都市自体は、それに接する三国の均衡によって戦火の外におかれる。しかし、ある程度の距離を離れてしまえば、そこに広がる平原は干戈相闘う場であることを免れない。帝国軍が兵を引き、アニマ国が体勢を整えることで暫しの平穏が訪れている今であっても、戦地へと一直線に伸びる北方面の街道を通るものは、今はなかった。


 無人の街道に、数ヶ月振りで馬蹄の音が響く。少女を抱えた老人が手綱を握り、引き締まった体躯の黒味のかかった芦毛の馬を駆っている。揺れを気にしての駈歩で馬を進ませるグアドの耳に、背後から間違いようのない襲歩で駆ける音が届いた。振り返って確認する彼の目に映るのは、三頭の馬とその乗り手だ。それぞれ、鹿毛、駁毛、栃栗毛で商人の仮装をした密偵を背に乗せている。二人乗りの上に、速度に気を使って走る芦毛の馬は見る見るうちに距離を詰められてゆく。

 予想よりも多い追っ手に渋面を作りながら、グアドは横腹に下げた皮袋に手を伸ばす。その皺だらけの大きな手に、そっと小さな少女の手が重なった。ガッタは揺れる馬の上で目を覚まし、朦朧としたまま手探りで何かに掴まろうとする。グアドは袋から手を離し、袖の中から気付のための塗り薬を取り出した。柑橘とミントの香りのするその膏薬を鼻の下に塗られると、ガッタの意識は急激に覚醒へと向かう。

「打ち合わせの通りに事は運んだ。現在、騎馬で北上中。追っ手は、三騎居る。予想より多いな」

ガッタの耳にそう囁いて、グアドは馬の速度を上げ襲歩で走らせた。揺れはひどくなるが、目を覚ましたガッタは落馬することなく馬にしがみつく。彼らを乗せた芦毛の馬は明らかに速度を上げ、全力を振るって川沿いの街道を疾駆する。とはいえ、身軽な追っ手と二人乗りで荷物を抱えたグアド達では馬への負担に根本的な差があった。いかに馬を駆ろうとも、追われる側と追う側の距離が僅かづつ詰まってくる。追手の馬が、グアド達に追いつくまでに体力を消耗しきるような事は、そのまま事態が推移するのであれば起こりえないであろう事は明白であった。

 グアドは、先ほど手を伸ばした袋に再び触れた。同様に、ガッタの手がそれに重なる。袋の中身を取り出すのは彼女に任せ、グアドは馬を走らせる事に専念した。身体をひねり、背中側にどうにか振り向いた少女が袋の口を緩める。途端に、彼らの乗る馬が僅かな怯えを見せた。老墓堀人は、馬を暴れさせないよう厳しくそれを御す。馬の走りが安定したところで、彼はガッタに向かって頷いた。

 袋から撒かれたのは、狼の毛皮を細長く切ったものだ。獣避けの調合などに墓堀人の利用するそれは、今回はそのままの形で地面に落ちた。肉食獣のきつい臭気と、蛇に似た細長い形状は特に馬が嫌うものである。グアドが後方を確認すると、鹿毛の馬がそれを嫌って道から逸れるのが見えた。騎手がそれを落ち着かせようと、抑えているのが見える。残り二頭は怯えを見せながら、それでも果敢に追いすがってきている。しかし、怯えからか体力の限界からか、襲歩を維持できず速めの駈歩に速度を落としていた。


 遮るもの隠れる場所もない川沿い街道を、追う追われるの関係にある三騎は駆け引きを繰り返し、速度を上げ、或いは体力を温存し、彼我の距離を縮め、また離し、果てるともなく走り続けて行く。先だっての狼の皮を使った妨害に、密偵たちの警戒心は掻き立てられた。老練な墓堀人の見るところ、密偵たちは二人乗りの芦毛の馬が潰れるのを待つつもりらしい。つかず離れず休ませず、執拗に追跡を続けてきている。

 突如として、密偵たちのうち栃栗毛の馬が速度をあげて迫ってくる。グアドは落ち着いた手綱捌きで、一定以上の距離を保つ。彼の懐からはガッタがちらちらと顔を出しては、手に握った何かを振って見せ、投げつける真似をして背後を牽制する。栃栗毛の馬は、暫く速度を維持した後に諦めて元の距離にさがると見えた。

「まだまだ、いけそうだ」

とグアドが呟いて背後の馬にあわせて速度を緩めた瞬間に、急激に迫ってくる馬蹄の音があった。鹿毛の馬だ。狼の毛の臭いを嫌って落伍したと思われていたその馬は、栃栗毛の馬と歩調を合わせて足音を隠していた。馬体も同僚の馬の後ろにぴたりとつけ、グアド達から視認できない死角に入り込んでいたのだった。そしていま、逃げる芦毛の馬が速度を緩め、息をついた瞬間を狙って飛び出してきた。味方の身体を風除けにしてきたこの馬は、温存された体力を存分につぎ込み奔る。

 忽ちの内にグアドの横に並ぶと鹿毛の馬とその乗り手は直接的な攻撃には出ず、芦毛の馬を追い抜きにかかった。老人と孫娘にとってみれば、併走しての妨害に出られるよりさらに厄介だ。前に出ながら馬体を寄せられた時点で、馬の足同士が接触しての転倒は確実となる。それを避けるためには減速するしかないが、それは降伏と同義だ。この結末を回避する為に、グアドは全力で馬の速度を上げる。更に、積載量の差でそれだけでは相手の馬を引き離しての解決は望めないとみる。彼は先行している有利を失う前に、馬同士の胴をぶつけ合うべく、体当たりを敢行した。相手の騎手である密偵は自分に有利な速度比べを続けるため、それを避けて距離をとった。

 僅かに距離の開いた相手の鼻先に向かって、ガッタが手に握り締めた狼の毛皮を投げつけようとする。振り上げたその手を、グアドの丈夫な外套が覆った。彼らに併走する馬上から密偵の放った投げナイフは驚異的な精度でガッタの手首と肩に飛来し、外套ごしに少女に打撃を与えた。刺さりはしなかったものの、小さくうめき声を上げて彼女は無事な左手で馬具を掴む。その隙に密偵の馬は、一歩彼等の前に出た。

 ガッタの手が、守るようにして手を包んでいたグアドの外套を振り払う。負傷した右手で地面に投げつけた小さな塊は、一つ大きな破裂音を響かせた。その直後から小規模な連続した爆発音が続く。護身と撹乱のために彼女が持たされていた爆竹だ。

 密偵の乗る鹿毛の馬は、驚いて棹立ちになった。グアドとガッタの乗る馬も、彼らを振り落とそうと飛び跳ね足掻く。暴れる馬の上で、ガッタは爆竹に着火したホクチタケの小片を放り出してしまった。各種の処理を施されて火種として使われたそれは、手荒な扱いにも消火せずに役目を果たす。枯れ草の焼ける臭いがすぐに漂い、手入れをされていない乾いた茂みが燃え始めた。

 芦毛の馬が勢いよく後足を跳ね上げ、ガッタはついに空中へと投げ出された。グアドも、同時に投げ出され草の上で受身を取る。すぐに膝立ちになる彼の目の前で、ガッタは空中に居る間に身を捻り足から着地した。危機に際して指輪が身体の制御を奪ったのは明白である。「一度でも悪影響が出る」とカルデロが忠告する事態はこれで既に少なくとも二度目が発生した事になる。グアドは唇を噛んだ。

 火と爆発音に怯える栃栗毛の馬と、その馬を前に出す為に消耗した鹿毛の馬は未だ体勢を立て直しきらない。唯一、作戦に参加せずに力を貯めた駁毛の馬が、騒音と炎を突き破り草地に下りた老人と孫娘めがけて突進を始めた。

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