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それ全部もっていくの?

「事は、ウィタエ帝国皇帝の暗殺計画の際に発覚いたしました」

暫くの休憩の後に、彼は情勢についての説明の続きをはじめた。


 小国連合の逆転の一手とも言うべき、暗殺計画は失敗に終わった。刺客は斬られ、あるいは捕らえられた。しかし一方で、帝国の秘密書類を幾らか写し取りそれを持ち出すことに成功していた。その中に、当時のヴィ国王太子アルコリクに向けたものがあったのだという。


「すると、戦線での細工は揺さぶりか。本命はそっちだな」

「はい。対帝国戦線に際限なく物資を奪われ続ける事に、王太子は不満を持っていました。勢力の弱かった親帝国派の貴族達は王太子の下に集まって、画策していたようです」


 帝国の下について自治を認められれば、戦線で浪費される物資を自らの領土を肥やすのに使える。事によれば、アニマ国の領土に対する権益も握る事ができる。こういった甘言でもって、彼らはアルコリク王太子を動かした。そしてついに父であるヴィ国王レガールを暗殺し、アニマ国へ侵攻の構えを見せるに至った。


「勿論、ヴィ国側から先手は取れないものと存じます。まだまだ、同盟を堅持すべしという者どもの勢力は大きい。しかし、これに対抗するようにアニマ国軍の集結が完了すれば事情は変わるでしょう」

「『奴らは帝国に背中を預けて、我々に武器を向けているぞ』というわけだな。その上でアニマ国軍を打ち破って臣従の手土産にしようというわけだ。しかし、事が済んでしまえば帝国は約束を守るまい」

「そこでもう一手。約束を守らせる材料が必要になったわけでして」


 戦後に約束の通りとなるか不安のあるアルコリク王は、密偵たちのもたらした一報に目をつけた。『皇帝陛下のスペア』と呼ばれる指輪とそれを身につけた娘が国境付近で行方不明になったと言う報だ。死した父王への報告の書類からその存在を知った彼は、子飼の部下と親帝国派の貴族の手下を捜索に当たらせることにした。その一部が、オルビス・ラクテウスで墓堀人と孫娘に気付き、指輪の強奪を企てたということであった。 


「ベテルがその新王に協力しないのは、幸運だな。今回の襲撃を奴が計画すれば、わしとこの子はとっくに護送中だ」

「えぇ。ベテルジューズは実のところ、幼き日のレガール王につけられた学友でして。二人でヴィ国のために尽くす誓いを立てた仲だと聞き及んでおります。それだけに、必要とあらばどこまでも苛烈な上司でして。それ故、アルコリク王はレガール前王を害した自分に、彼が従う事がないと知っていて捕らえさせたのでしょう。なにより、ベテルジューズの手にはアルコリク王と皇帝との密約の証拠が御座います」

ガッタが、急に身を乗り出した。

「助けましょう。その、グアドおじい様のお友達なんですし。その、どうにか」

「敵だ」

と墓堀人は否定する。しかしガッタは重ねて言った。

「敵ですけれど、お友達でしょう。おじいさま。旅の間にお話してくれたこと。ずいぶんベテルジューズさんの事が多かった」

暫しの沈黙の後、彼はひとこと

「そうか」

とだけ答えた。

それを「どうも、それはうまくない考えです」とフォマローは、遮る。

「今はまず、お嬢さんと指輪を逃がしませんと。条件が揃えばアルコリク王の計画は実行に移されてしまいます。その過程で、レガール前王の密偵達である我々は追討される事になるでしょう。一方でその指輪が手に入らないで入るうちは、王も十全な形で行動できません。ベテルジューズが隠したアルコリク王の裏切りの証拠を生かすためにも、ここは是非ともお嬢様に身を隠していただきたく存じます」

丁重に頭を下げる彼を、ガッタはじっと見つめる。その肩を一つたたいて、グアドは彼女を諭した。

「逃げるのも有効な戦術だ。今回は、更に人助けにもなる。ベテルの奴を助けたいと思っているなら、お前の取れる最善の策だろう」

二人に案を否定され、少し涙ぐんでガッタは頷いた。

「慰めにというわけでもありませんが、ベテルジューズより、お嬢様への贈り物が御座います。お選びくださいませ」

フォマローは皮袋を取り出し、中に入っている銀の指輪や首飾りを彼女の前に並べて見せた。断ろうと言う仕草を見せるガッタに、グアドは「わしはまだ、彼に話がある。その間、選んでいなさい」と勧める。いくらか落ち着いて指輪の飾りを見比べる彼女から少し離れて、彼はフォマローに詰め寄った。

「誰の案だ」

「今は囚われのベテルジューズです。今更、取り繕っても仕方ありません。彼は、お嬢様になら取入る隙もあると考えておりまして。加えて、お嬢様には心理的な援護も必要かと存じます。武骨な墓堀人と二人旅ともなれば尚更に」

「わかった。確かにそこまで気は回っていなかったな。借りにしておく」

「御気になさらずに。現状、我々は同志といってもいい仲なのですから」

フォマローの返答に、グアドは渋面を返すが反論はしない。ひとつ息をつくと、彼は居住まいを正した。

「この町から、出る算段はあるか」

「残念ながら、もはや包囲は完成していると言っていいでしょう。この町は自由に過ぎます。町自体を破却しようとでもしない限りは、いかなる活動も拒まれませんから。各所に各国の密偵が陣地を構え、大公殿下のゆるす範囲でそれぞれの目的のために動いています」

「カルデロは町の運営に消極的というか、それ以外に目的があってこの地を支配しているからな。町の治安も、人々の自主的な活動によるものが大きい。まぁそれも、本人が出てきた場合に収拾が付かなくなるのを誰もが知っているからだが」

「その大公女閣下のお力添えは……」

「あいつ、わしだけなら逃げられると踏んでいるだろうからな。孫に関しても、町と引き換えにはするまい。最悪の場合、ガッタが死亡しても自分の目的に大した影響は出ないと割り切っているだろう。『過度な期待はしないこと』か。あいつめ、こういう場合も想定はしていたのだろうな。治安に自信があるなど、どの口が……」

俯いたままそこまで述べた彼は、ふと目を上げた。

「そうか、町を出てからならば」

手持ちの亜麻紙にいくつかの記号を書き込むと、彼はそれをフォマローに握らせた。

「わしらが此処を出たら、町外れの小屋にいってくれ。いや、密偵相手にこんな言いようは意味がないな。ウィタエ帝国大公オッレ・二グラムにこの紙片を渡せ。そして『カルデロに宛てたもの』と言い添えてくれ」

「承りました。出立はいつ頃になさいますか。矢張り払暁に?」

「いや、間もなくだ。日暮れの光が強いうちに出る」

「人目のあるうちというわけですか。では、幸運をお祈り申し上げます」


 グアドが声をかけると、指輪を選んでいたガッタは顔を上げた。目の前に並べた指輪の中からひとつを選んでつまみ上げ、二人に示す。グアドは無言で頷き、フォマローは彼女の選定眼を褒め称えた。嬉しげにはにかむガッタと追従を続けるフォマローの間に腕を伸ばし、彼は選ばれなかった指輪が収められている皮袋を丸ごと掴む。

「では、支援は有難く頂戴しよう。ベテルジューズによろしくな」

片方の口角を上げてそう声をかけるグアドに、フォマローは如才なく頭を下げた。

 ガッタは少しの硬直の後に「気に入ったものは取ったのだから」と彼に返却を促したが、グアドはとりあわなかった。

「なに、ひとつくらい密偵の想定をこえておくのも悪い事じゃない。こんなことができるのも、ベテルの奴の身動きが取れんうちだけだ。想定通りなら、これから物入りになるだろうからな」

袋をベルトに結びつけガッタの頭に軽く手を置いてから、彼は扉へと向かった。ガッタは、フォマローに一つ頭を下げてからそれを追う。

 部屋に残る密偵は扉が閉まるまで二人に丁重な礼を施してから、明かりを落とす。やがて数人分の人影が一行の隠れていた建物からあらわれ、街角の闇へと融けていった。


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