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品揃えは なかなかじゃない?

 オルビス・ラクテウスの中央を南から北に貫くコメーテース大河の濁った水は、正午を過ぎた太陽の光を浴びて鈍色に光っていた。

 清潔な真新しい服装をした老人と少女が、ゆっくりと大通りを歩いて行く。

 通りは石畳で舗装されており、中央部分が僅かに盛り上がっている。道の左右には排水の為の溝が掘あり、ところどころに丈夫な板が渡してあった。大通りから見える路地裏は、未舗装の泥道だがよく踏み固められている。それでも、河に近付く方角の道は傾斜と水捌けの関係で土が緩いようであった。

 道の脇には大勢の行商人が荷車を止めており、行き交う人々に商品を勧めている。辛うじて使えそうな襤褸切れを売っているもの、あまり新鮮でもなさそうな萎びた果実を売っているもの、ボロボロの道具を使って道端で鏡を磨いでいるもの、その他雑多なガラクタを売っているもの、それぞれが客を求め品質とは裏腹な大声を出している。町とその周辺の裕福ではない住人達が、各々品定めをしていた。

 ゴミが大量に混入している穀物の売買を巡って、行商人と客が争い始める。すぐに衛兵が仲裁に入り、怒鳴り声は小さくなっていった。

「おばあさまのお住まいは、なぜ衛兵を置いていなかったんでしょう。あの様子では、お立場もあるようなのに」

ガッタがそう問うと、グアドは苦笑いでそれに答えた。

「あいつは、強いんだ。権力とか、そういう話ではなく。純粋に強い。謂わばまぁ、魔法使いといったところでな。正面切っても背後から襲っても勝てる奴はいない」

納得のいかない様子のガッタに「本当に手がつけられないんだ」とつけたして、グアドは少し遠い空を見上げた。

「だから、最初はカルデロの奴があの三人を始末してしまうんじゃないかと思っていた。そうさせんために、出会い頭に三人を気絶させようとして構えていたんだが」

ああ、と今度は納得の声が上がる。

「それで、グアドおじいさまは奥の部屋に一寸遅れて引っ張られてきた、と」

「まぁ、そうだ。でも、あいつは解っていてくれていた。一瞬は『消さなければならなくなるかも』とか冷や汗をかいたそうだ。しかし、わしの意図を汲んでくれた」

しみじみと語る祖父に近寄って、ガッタはその腕に寄りかかってみた。


 通りの続く先は、広場になっていた。オルビス・ラクテウスの市街はこの位置から八方に伸びる舗装済の通りと、その間を結ぶ細い泥道によって連結されている。広場全体も通りと同様に舗装がされており、そこには、通りにあるものよりも遥かに立派な露天が数限りなく出ている。

 足早に広場を通り抜けようとするグアドから、ガッタが遅れた。市場の賑わいに気をとられている。彼女を急かそうとした彼は、自分の孫の姿を見て不意に動きを止めた。そして、指先で自分の頭を軽く撫でるとガッタの肩を軽く叩く。自分が遅れたことに気付いて足を速めようとするガッタに、グアドは「ここまで急がせて置いて心苦しいのだが」と前置きの上で頼みごとをした。

「旅に必要な乾燥させた薬草が何種類か切れているのに気付いてな。ここらの市で薬種屋を探したいのだが、場所がわからん。少し足止めになるが、見て回ってくれるか」

輝く彼女の顔に彼は一つ頷くと、薬種屋の位置を目の隅で確認してその反対側にある建物の方へと彼女を誘導した。

 広場に面した施設では更に富裕層向けの商店が営業を行っている。

 二人はまず両替商を尋ねた。墓堀人の手元にはレベン国銀貨が多くあり、一方で墓堀の需要の少ない帝国の貨幣は些かだった。

「いま、レベン銀貨を帝国銀貨に換えるのは比率が悪うございますよ。何しろ我らが帝国軍は戦線を押し込んでおり、あの国は今は青息吐息といったところで。銀貨の改鋳も頻繁だ。その度に質が悪くなる一方ですから。一方で帝国は安定しておりますからな」

 広場に面した一等地に構える両替商の店主は、彼の身なりを見て気安く世間話をする。

「とはいえ、ここで買い物をする気なら換えざるをえんだろう。河の向こうより良いものが買えるからな、比率が悪いのはこの際、止むを得まい」

「へいへいそれでは、身分証を」

と、受け取ったレベン銀貨の計量を部下に指示して彼はグアドの提示する身分証を確認した。それは、カルデロの家から旅立つにあたって彼女から渡された一枚だ。

「この町では、絶対の身の証よ。帝国中でもある程度通用するわ」と彼女が言っていた通りに、両替商の顔色が変わる。

「いや、計量待て待て。必要ない」

と手下を止めて、グアドとガッタに慇懃に一礼をした。

「さきほどから、ご無礼を申し上げました。殿下直筆の証をお持ちとは思いもよらず」

「問題があるのか」

「いえ、大丈夫です、はい。殿下が保証なされているのであれば、不利な両替をなさらなくとも融資でいけます。金利は最低限度、期間は一年で如何でしょう」

「わしらは、旅人だからな。返済するにしても戻ってくるのがいつになるかはわからん。返済するあてもそう多くない」

「御相談いただければ、期間の延長にも応じられます。それに私どもとしましても、大公殿下のお墨付きに融資を出したとあれば名誉になりますので。何卒何卒」

しきりに頭を下げる店主と銀の盆に載って運ばれてくる銀貨の袋を前にして、ガッタは硬直してしまう。それを見てグアドは、長居できまいとして融資を受ける決断をした。

「ただ、持ち歩くには重過ぎる。取り敢えずは銀貨一袋だけでいい。残りは為替にしてくれ」



 道化師がガッタの目の前で開いた箱から、バネ仕掛けの玩具が飛び出してきた。彼女は驚いて後退り、グアドに後ろ向きに寄りかかる。彼はそっとその肩を支えた。少女は祖父の顔を見上げ、祖父は少女の顔を見下ろし、どちらからともなく笑い出す。その横を、リュートや笛で賑やかな音楽を奏でながら芸人の一団が通り過ぎていった。

 布と織物を売っている露天では、帝国の更に東方から持ち込まれたと言う触れ込みの独特の光沢をもつ布が飾られている。それを背景にして、手前には比較的一般的な生地が並べられていた。木綿や亜麻の平織り、麻織物、毛織物が積まれている。ガッタはその中から、青緑色のリボンを見出した。絣の切れ端を利用しており、複雑な模様が浮き出ている。グアドはそれを買い求めて、ガッタの髪に結んだ。

 籠一杯に新鮮なリンゴと梨を売っている露天がある。酒付けの花梨と干しぶどう、干したナツメヤシを扱っている商店がある。大麦、小麦、燕麦を扱う穀物屋は大公の穀物類取り扱いの認可状を揚げて大店を構えている。

 干し肉と塩漬け肉を売っている露天は、隣のパン屋と組んで商売をしていた。パン屋で平たいクランペットを買うと、干し肉を割引で載せてくれる。二人はそれを一枚づつ買って広場の隅で食べる事にした。

 雑貨類は見慣れたものから異国情緒のある珍品までが並び、食料や酒類も上等のものが売買されている。市の賑わいを眺めながら軽食を取ったグアドとガッタは、最後に薬種屋で乾燥させた皮癬草のつぼみと血止草の全草、厳重に密封された麦角を購入した。


 弾む足取りで、広場から先の大路を進むガッタ。グアドは、それを追って歩いていく。正面から幌をかけた荷馬車が接近した為に二人はそれを避けて、一歩だけ泥の路地へと入った。荷馬車は荷車の部分で路地の入り口を塞ぐ位置に止まる。眉をしかめた老人が「おい」と声を上げた途端に、幌を跳ね上げて数人の男が跳び出してきた。彼らが抜き身の短刀を持っていると見えた瞬間に、狭い路地は白く濃い煙に覆われた。

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