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モブの命が安すぎない?

「不安や予感は、根拠を説明できない推理だ。あたる時はあたる」墓堀人の隠れ里で、誰かそんなことを言っていた。




 墓堀人は、洞窟を出立し帰還を急ぐ。森を歩き、潅木を掻き分け、旧い街道に出た。帝国側との行き来があったころには、商人や旅人のにぎわった街道だ。かつては、大勢に踏み固められていた。今は、帝国と小国連合の仲が険悪となって以来人通りは途絶えている。


 厚い雲に空が覆われている。日の翳りに陰鬱な雰囲気を発する、寂れた街道。静かだ。しかし、何か妙なところがある。

 硬い路面に微かだが新しい足跡が残っている。墓堀人の鋭い視力が、その特徴を見極めにかかった。


「馬の足跡。複数だ。おそらく三騎。いや、四騎か。轍はない。騎馬の旅人にしては深く、荷物を乗せた商人にしては浅い足跡。一番可能性がありそうなのは、重武装した帝国兵。しかし、それより明らかに軽い。……軽騎兵か」

彼は小声で判別できた内容を確認する。昔からの癖だ。

 しかしここ最近の傾向からして、帝国兵も街道沿いに越境したりはしない。通常であれば、街道を外れた見通しの悪い森の小道から侵入して偵察などを行うだろう。

 軽装、少人数での行動。休むことなく走り続けたことを示す、足跡の間隔。この痕跡は彼にとって、覚えがある。推理が正しければ、この先にあるのは厄介事だ。墓堀人は、地面に落としていた視線を街道の先に向けた。




 小さな村は、帝国軍軽装強襲兵の攻撃に晒されていた。いや、晒され終わっていたというべきか。村の周辺で防備に協力していたはずの小国連合兵の姿がない。広場に、女子供含めた村人の死体が積み上げられている。ごくごく小規模の村。まばらに木造の粗末な家が建つだけの集落だ。少なくとも、数日前までは。

 村には戦力になるであろう人間など、十人も居なかったであろう。しかしそれでも、逃げ回るであろう村人の大半を殺害するのは容易ではない。帝国兵たちはかなりの手練と推測された。

 墓堀人は、感情を表すことなく村へと踏み込む。そして墓堀人の証であるショベルを示し、大音声で何かの作業を続けている帝国兵に告げた。


「墓堀人だ。知っての通り、政治や戦争に関わりあう気はない。ただ、ここにある死体の埋葬を行う。手出しは無用だ」


 言い終わらぬうち、墓堀人はショベルを振るう。金属の衝突音と共に、民家の屋根の上から飛来した矢が弾き飛ばされた。矢を右手のショベルで防いだ墓堀人は、空いている左手でナイフを投擲。右腕の内側に傷を負って、矢を放ってきた帝国兵は民家の向こう側へ転げ落ちた。

 一連の攻防の間に、剣を抜き放った帝国兵二人が肉薄してきている。

 二人とも、軽装だ。皮鎧で長剣一本。腰には予備の短刀。盾はない。

 切りかかってくる帝国兵に対し、墓堀人は打ち合いを避ける。剣を振り下ろそうとする帝国兵の右腕付け根をショベルの柄で制し、体当たりで体勢を崩そうと試みた。帝国兵は、即座に剣を振り下ろすことを諦めた。空いている左腕で胴をかばいながら後退。転倒を避ける。もう一人の帝国兵は墓堀人の左側へと回りこみ、ショベルのない側からの攻撃を試みる。墓堀人は一人目の兵士が後退するのにあわせてショベルを左手に持ち替える。そのまま途切れのない動きでショベルの切っ先を左側の帝国兵へと向けた。正中線を抑えられて、切り込めずに帝国兵が立ち止まる。

 瞬間、墓堀人のショベルの先が地面を向いた。体勢を崩された兵士、切り込むのを躊躇した兵士。二人の帝国兵が、これを勝機と見た。全力で体重をかけ、墓堀人に向かって踏み込む。墓堀人のショベルが跳ね上がる。砂、土、礫、草、泥、根。地面を構成しているさまざまのものが、ショベルに巻き上げられて帝国兵に浴びせられる。視界を奪われた帝国兵二人の喉元を、ショベルの切っ先が通り過ぎた。


 倒れた帝国兵の喉からは、血があふれ出ている。助かる傷ではない。墓堀人は二人の帝国兵の死を確認した後に、屋根から落ちた帝国兵を調べに行った。彼は、屋根から落ちた際に頭を強打したようだった。

 これで、事情を聞く相手がいなくなってしまった。


 墓堀人は眉根を寄せて、渋い顔をする。彼らは、かなりの強兵達だった。生け捕りを考えていては、こちらの命がなかっただろう。しかも、厄介なことに馬の足跡から見て四人いるはずのうち一人が見当たらない。揉め事が起こった時点で、帝国側への連絡に走ったと見ていい。ついでに、彼らが乗ってきたはずの馬も見当たらない。村は見た限り全滅。報酬は完全に取りはぐれた。厄介ごとばかりである。 

 厄介のついでに、帝国兵が国境沿いとはいえ、ごくごく小規模で軍事拠点でもない村を襲ったのも不可解といえた。それも、殺戮専門の手練を使ってまでである。その割りに、火災が起こっていない。こういう事態には火災による混乱を引き起こすのが常套手段のはずであった。

 墓堀人は、さらに周囲を検分しながら低い声で自分の見ているものを言葉にする。言葉として発することで異常な事態を理解し、何が現実で何が推測なのかをはっきりさせていく。

「村が焼けていない。焼けて困るものがあったのか。例えば、帝国側の秘密書類。村人が先の戦闘で入手していた……」

 墓堀人は、村の広場へと戻ってきた。考えながらでも埋葬の準備をする。帝国兵が味方を引き連れて戻ってくるまでに、全員分は間に合わないだろうが一人二人分でもでも墓は掘っておくのが墓堀人の流儀だ。

「それが一目でも見られている可能性があってはまずいものであるなら、全滅させた説明もつく。……いや、そこまでのものを持った密使なんてものが、のこのことそこらを歩いているものだろうか」

 ざくり、ざくりと穴は深くなる。

「仮に秘密書類だとして、そいつは探すべきか?見た可能性があるだけで襲撃の恐れがあるなら、こっちで確保しておくのも一手。とはいえ、政治と戦争に関わらない。この掟は、それなりに重要な……命と引き換えるほどでもないが。真っ直ぐ、隠れ里……『墓所』へ引っ込むか。しかし仮に帝国に追われる身になるとしても、理由がわからねば、危なくて二度と表を歩けん……」


 答えが出ないまま、墓を掘る。思考だけでは結論が出ず、墓堀人が手がかりを探して顔を上げる。なんとはなしに、村人たちの遺体に目をむけた。遺体のうち、ひとつと墓堀人の目が合う。墓穴を掘るより先に、遺体の目を閉じてやらなければ。久々に生きている人間を相手にショベルを振るい、些か動揺していたらしい。墓堀人は苦笑し、掘りかけの墓穴から這い上る。その遺体の目を閉じて、周囲の遺体も確認をはじめた。 目を開いていた遺体はひとつではなかった。どの向きにどう横たわっている遺体も、目を見開いている。見開かされている。異様な光景だ。

「目の周りに、汚れのついたものも多い。帝国兵達が、目を開かせていたのか。何のために。……ここらの人間は大体が、青い目だ。目で個人を特定しようとしていたとして、死んでから確認するということは、その人物が持っている何かに用があったということか。そして、帝国兵がまだここにいたということは、まだ検分のすんでいない死体がある。もしくは、生存者が居る……」


 空を覆う雲が途切れ、夕日が村と死体と墓堀人を照らす。彼は、弾かれたように顔を上げた。民家の角、彼の死角になる場所から人影が伸びている。即座にショベルを構え、戦闘態勢を作る。足音を忍ばせ、民家の角を挟んで影の主と対峙した。煙を多く発する薬草玉に点火して角越しに転がす。間髪を入れず角から飛び出し、ショベルの刃先を突きつける。刃の先に居たのは、彼の胸ほどの背の高さ、村人にしてはましな布地の服、黒い髪の少女だった。 煙を吸い、咳き込みながら墓堀人を見上げる眼差し。その瞳は、赤かった。


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